≪STORY≫
完成途上の京(けい)速スーパーコンピューター「京」が、性能評価テストで毎秒8162兆回の演算性能をたたき出して世界最高速となったニュースは、東日本大震災後の経済産業界に久々の明るい話題を提供した。来秋の完成時には、文字通り、1京(10ペタ=1兆の1万倍)という人類初の演算性能が現実になる。しかし、プロジェクトの前にはいくつもの壁が立ちはだかった。
理化学研究所(理研)が京速スーパーコンピューター「京」の開発プロジェクトをスタートさせたのは2006年4月。当初は民間企業は富士通のほかNECと日立製作所も参加し、汎用(はんよう)のマイクロプロセッサー(MPU)部と、専用に開発したベクトルプロセッサー(VP)部を組み合わせたハイブリッド型だった。しかし、09年5月にはNECが開発費負担の増大を理由に日立とともに前代未聞の撤退を表明。プロジェクトの存続が危ぶまれたが、理研は神戸に建設中の施設工事を中断し、設計変更を行ったうえで、7月に民間企業は富士通単独として再スタートした。
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しかし、富士通が揺るぎない姿勢で国家プロジェクトに臨んだかというと、「きれいにスタートできたわけではなかった」(井上愛一郎・次世代テクニカルコンピューティング開発本部長)。当時、サーバーシステム事業本部の技師長だった井上さんは05年末に話を聞いて「私も、ほかの技術者も、とてつもなく魅力を感じた」。すぐに、上司の山中明本部長(当時)に「やらせてほしい」と直訴したが、会社の反応は鈍かった。当時、インテル系MPUでスパコン並みの高性能機を販売していた富士通だが、「真っ正面からスパコン開発なんてとんでもない」「そんな暇があるのか」といった否定的な意見も少なくなかった。