土屋慶太
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名前 | ||||||
愛称 | ケイタ | |||||
カタカナ | ツチヤ ケイタ | |||||
ラテン文字 | TSUCHIYA Keita | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1978年12月19日(45歳) | |||||
出身地 | 静岡県清水市 | |||||
身長 | 180cm | |||||
体重 | 75kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | DF/MF | |||||
利き足 | 右 | |||||
監督歴 | ||||||
年 | チーム | |||||
2018-2019 | 東京23フットボールクラブ | |||||
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
土屋 慶太(つちや けいた、1978年12月19日 - )は、日本の元サッカー選手、現サッカー指導者。静岡県清水市(現・静岡市)出身。
略歴
清水市立江尻小学校(現・静岡市立清水江尻小学校)に入学後、江尻サッカースポーツ少年団でサッカーを始め、地元の小学生選抜チームである清水FCにも選出される。清水市立第一中学校(現・静岡市立清水第一中学校)、静岡県立清水東高等学校を経て、信州大学の教育学部に進学する。
大学卒業後の2001年、ドイツに渡り、1.FCザールブリュッケンや1.FCライムスバッハでプレーをし、2003年にチェコ2部リーグのボヘミアンズ・プラハに移籍する[1]。2004年、ドイツに戻ったあと、1.FCライムスバッハやEGCヴィルゲスで選手としてプレーをしながら下部組織の指導に携わり[2]、ドイツC級とB級(UEFA-B級)指導者ライセンスを取得する。
2009年に帰国後は、千葉県のフッチスポーツクラブ[3]、東京都の修徳高校男子サッカー部を指導し[4]、2012年にドイツA級(UEFA-A級)指導者ライセンスを取得する。2014年に東京23フットボールクラブトップチームのヘッドコーチに就任し、大人から子供まで様々なカテゴリーの指導に携わっている。2014年にブンデスリーガ・シャルケ04サッカースクール日本キャンプのコーチも務める。
2018年から東京23フットボールクラブの監督に就任[5]。2019年5月28日、成績不振により東京23FCの監督を退任した[6]
所属クラブ
- 2001年 - 2002年 1.FCザールブリュッケン
- 2002年 - 2003年 1.FCライムスバッハ
- 2003年 - 2004年 ボヘミアンズ・プラハ
- 2004年 - 2006年 1.FCライムスバッハ
- 2006年 - 2009年 SpVgg EGCヴィルゲス
指導歴
- 2004年 - 2006年 1.FCライムスバッハ U-15コーチ
- 2009年 SpVgg EGCヴィルゲス セカンドチーム/U-15コーチ
- 2009年 - 2011年 フッチスポーツクラブ ヘッドコーチ
- 2011年 - 2014年 修徳高校 コーチ
- 2014年 - 2017年 東京23フットボールクラブ ヘッドコーチ
- 2018年 - 2019年5月 東京23フットボールクラブ 監督
著書
- 『サッカー1対1 トレーニングメニュー集』(ベースボール・マガジン社)2013年刊 ISBN 9784583105314
- 『ドイツ流 サッカーライセンス講座』(ベースボール・マガジン社)2015年刊行 ISBN 9784583107677
- 『ファーストタッチ ボールコントロールから次のアクションへ』(ベースボール・マガジン社)2016年刊行 ISBN 9784583110257
脚注
- ^ 「Keita Tsuchiya」Bohemians Praha 2014年12月11日閲覧
- ^ 「Ex-EGC-Kicker berichtet aus Japan」Rhein-Zeitung 2012年3月9日
- ^ 「日本でコーチを始めます」doitsujapan.jp 土屋慶太のドイツサッカー 2009年6月23日
- ^ 「「NIKE FC選抜チーム」が東京王者・修徳高と対外試合」ゲキサカ 2012年8月27日
- ^ 監督就任のお知らせ東京23フットボールクラブ 2017年1月22日
- ^ "トップチーム土屋慶太監督退任のお知らせ" (Press release). 東京23FC. 2019-5-28. 2019-8-5閲覧。
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