朝倉家景
表示
時代 | 室町時代中期 |
---|---|
生誕 | 応永9年(1402年) |
死没 | 宝徳2年12月20日(1451年1月22日) |
改名 |
小太郎(幼名)、為景、教景、家景 (順番は不詳) |
別名 | 孫次郎、孫右衛門尉、下野守 |
戒名 | 固山宗堅 |
墓所 | 心月寺 |
氏族 | 朝倉氏 |
父母 | 父:朝倉教景 |
兄弟 | 家景、将景、織田久長室 |
子 |
堀江利真室、孝景、経景、輿市郎、景冬 光玖、聖室宗麟、久嶽紹良、定国 |
朝倉 家景(あさくら いえかげ)は室町時代中期の武将である。朝倉氏第6代当主。
父は朝倉教景。諱は家景のほかに、為景(ためかげ)が伝わる。一時期は父と同じく教景を名乗ったとも言われる。宝徳2年(1451年)、父に先立って死去。享年49。
家景に関する資料は少なく、事績は充分に分かっていない。『 朝倉始末記』でも、上記程度のことしか記載されておらず、同書末にある『日下部系図』でも、「文安三年丙子八月六日足羽北庄神明社再興」と記されているのみである。また群書類従所収の日下部系譜では、家景が飛ばされ、教景(心月)→孝景(英林)となっている。