- 生体のように熱に弱い素材からもナノ構造を写し取れる金型の作製技術を開発
- 作製されたナノ構造金型は1000 ℃までの高耐熱性能を実現
- 溶融ガラスなどを使ったナノ構造体の量産にめど
トンボ複眼をモデルとした機能性ナノ構造の再現
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)センシングシステム研究センター 竹村謙信 主任研究員と本村大成 研究チーム付は、熱に弱い生体素材からも単純な工程でナノ構造体を金型成型する技術を開発しました。
生物などに見られるナノ構造体には超撥水性や接着性など、工業製品に利用すると有益な機能を発揮するものがあります。金型成型で多様な素材に有益な機能を付与することができれば高機能材料の工業生産が実現します。しかし、ナノ構造を成型する金型の作製には高度な設備と時間を要するため、産業利用は難しいのが現状です。特に生体のように熱に弱い素材から金型を作製するためには複雑な工程が必要でした。本研究では、素材に熱ダメージを与えることのない低温で、高融点金属を十分な厚さに成膜する技術を開発しました。これにより、生体から金属まで多様な素材から金型を作製することができます。本技術の有効性を確認するために、個眼と呼ばれる微小なレンズを約2万個以上有し、360°の広角視野を持つトンボの複眼を高難易度なモデル素材として、そのナノ構造を樹脂に複製しました。トンボの複眼には個眼表面のナノ構造による曇りにくい機能があり、それを金型から再現できることを実証しました。作製したナノ構造金型は、高融点材料であるガラスの流し込み成型が可能であることもわかりました。本技術は加工による再現が難しかった製品の量産化や微小構造を持つ製品の工業生産に寄与します。
なお、この技術の詳細は、2024年11月4日に「Advanced Materials Interfaces」に掲載され、表紙(Cover Picture)にも掲載されます。
生物が持つナノ構造には、例えば超撥水性や接着性といった機能があります。これらの機能を工業製品に自在に付与することができれば、製品に新たな機能を追加するうえで有益です。ナノ構造体を作製するため、フェムト秒レーザーによる超微細加工が発展し、単純な構造であれば大面積の加工ができるようになりました。しかし、工業生産による製品化にはナノ構造を低コスト・短時間で金型化する技術が求められています。また、金型の作製時に熱によるダメージが発生することから、熱耐性が十分でなければならないなど、素材の制限が大きな壁として存在しています。
産総研ではこれまで金属成膜に一般的に利用されるマグネトロンスパッタのプラズマ制御技術を開発してきました。マグネトロンスパッタはプラズマの力でいろいろな材料を微粒子として飛ばすことが可能な成膜プロセスで、タングステンを代表とする高融点金属も材料として使用できますが、材料から放出された電子が装置の磁場により加速されて原型へ衝突し、原型を加熱してしまう問題がありました。産総研が開発した制御技術では、磁力線を用いて加速電子を封じ込めることができます。温度上昇の原因となる加速された電子を原型に当てないことで熱ダメージがわずかしか生じません。そのため、熱に弱い材料でも金属薄膜を成膜することができます。
本研究では、この技術を活用し、さらに金型となる金属薄膜を厚膜化する技術の開発に取り組みました。
本研究では、立体構造を持ち、数十マイクロメートルのレンズ構造とさらにその表面にナノスケールの不規則構造が存在するトンボの複眼を熱に弱いナノ構造原型として用いました。低温成膜によりトンボ複眼表面に形成された金属薄膜を、ニッケル浴を用いた電解めっきで微小構造を保存したまま厚い金属膜にしました。図1にトンボ複眼への金属成膜から金型作製、複眼レンズの流し込み成型に関する各ステージでの構造観察結果を示します。
図1 トンボ複眼への金属成膜から成型した金型の光学顕微鏡像および金型流し込み成型を実施した後の樹脂表面観察像
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
作製した金型を用いて、透明性や屈折率が比較的高いエポキシ樹脂を流し込み180 ℃で硬化し成型すると、多数の個眼を表面に配置した成型品が得られました。このレンズを用いて産総研の英字ロゴ(AISTロゴ)を観察すると、それぞれの個眼がレンズとしての機能を有することが示されました(図2)。トンボ複眼のレンズにはナノスケールの不規則構造から生じる 防曇 機能があることが知られています。作製したナノ構造金型を用いて成型したレンズは約10分間の水蒸気の暴露試験においても表面への水滴付着による像のぼやけなどの影響がなく、防曇機能が再現できることを実証しました。これは生体組織の複雑で不規則なナノ構造を2万個以上のレンズ表面に1プロセスで付与することに成功した世界初の例となります。ナノ構造の金型を作製する際に、安価で微細加工が容易な低融点の樹脂などを原型の素材に使用することが可能となります。
図2 エポキシ樹脂製複眼レンズを通して見たAISTロゴ
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
動画1 複製した個眼一つ一つにAISTロゴが表示される様子
※原論文の動画を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
金型材料を検討するために、それぞれ融点の異なる金と白金、タングステンを用いて金型を作製し、その表面の熱安定性について評価しました(図3)。金を用いた場合、300 ℃以上で金型表面での金の元素比低下が確認されました。さらに、白金では550 ℃で元素比が低下し、700 ℃で元素が消失しています。通常、バルクの金や白金は1000 ℃でも融解しません。しかし、本研究の低温スパッタリングではナノ粒子化した金属材料が原型に堆積することがわかっています。ナノ構造体になると、構造の熱安定性が低下することが知られており、この性質が金型の安定性に影響したと考えられます。結果として、1000 ℃まで安定して構造の保持が可能な金型材料は、タングステンのみであることがわかりました。金や白金は、熱硬化性樹脂などを流し込み成型する低温プロセスであれば利用が可能です。ガラス材料や低融点金属での流し込み成型ではタングステンを金型にすることで対応できることがわかりました。エポキシ樹脂と同様に溶融ガラスをタングステン金型に流し込み、マイクロメートルサイズのレンズ構造と防曇効果を持つ複眼レンズが形成されることを確認しました。
図3 金型の熱安定性評価試験結果
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
動画2 ガラス製複眼レンズの水蒸気暴露試験
※原論文の動画を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
本研究ではさまざまな素材の対象を原型にしてナノ構造を金型に写し取る技術を開発しました。微小な構造を原型とした際の再現性と金型材料の選択肢の広さによる加工コストの低減の可能性が示されました。今後は加工難易度の低い低融点の樹脂に機能性を示すナノ構造を形成・金型作製し、機能性ナノ構造体の量産化を実証します。また、トンボの複眼再現に関しては、レンズを金型で繰り返し作製できることで、光学特性の最適化や複眼撮像の画像処理といった実用化に向けた研究が加速すると期待されます。トンボの360°視野をそのままの大きさで再現し、ドローンや自動運転での事故防止に寄与するような技術を目指します。
掲載誌:Advanced Materials Interfaces
論文タイトル:Dragonfly-Inspired Compound Eye Lens with Biomimetic Structural Design
著者:Kenshin Takemura, Taisei Motomura, Wataru Iwasaki, Nobutomo Morita, Kazuya Kikunaga
DOI:10.1002/admi.202400480