帰義軍(きぎぐん)は、唐末から北宋にかけて河西回廊の敦煌を中心として支配した政権である。曹議金が政権を取る前までは「金山国」。唐の節度使に任じられたことを権力の基盤のひとつとしたが、中央政権の政庁ではなくあくまで独立の政権として機能した。 張議潮が吐蕃に反抗し、挙兵して建てた。最盛期は河西地区の十一州を統治したが、後に領土が減り、主に瓜州・沙州の二州に割拠した。張氏・曹氏の両氏によって統治された。