晏子内親王(やすこ/あんしないしんのう)は、文徳天皇の第一皇女。母は(従四位上・藤原是雄の女)。伊勢斎宮。同母妹に慧子内親王(賀茂斎院)がいる。 嘉祥3年(850年)7月9日、父・文徳天皇の即位により斎宮に卜定される(妹・慧子内親王も同時に斎院卜定)。仁寿元年(851年)8月26日、野宮に入り、翌2年(852年)9月7日、伊勢へ群行(長奉送使は中納言・安倍安仁、右中弁・橘海雄)。天安2年(858年)8月27日、文徳天皇の崩御により在任7年で退下。昌泰3年(900年)7月20日薨去。