白川趙氏(ペクチョンジョし、ペチョンジョし、朝鮮語: 백천조씨、배천조씨)は、朝鮮氏族の一つ。本貫は黄海南道白川郡である。2015年の調査では、76,155人である(うち「白川」を「ペクチョン」と読むのは75,978人、「ペチョン」と読むのは177人)。 始祖は、中国宋の趙匡胤の長男の趙徳昭の三男の趙之遴である。趙之遴は、979年に戦乱を避けるため高麗に移住し、黄海道白川郡に定着し、顕宗時代に金紫光禄大夫、左僕射、参知政事を務めた。