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エゾモモンガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エゾモモンガ
エゾモモンガ
エゾモモンガ Pteromys volans orii
北海道上川郡東川町 (2009年3月)
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: ネズミ目(齧歯目) Rodentia
: リス科 Sciuridae
亜科 : リス亜科 Sciurinae
: モモンガ族 Pteromyini
: モモンガ属 Pteromys
: タイリクモモンガ Pteromys volans (Linnaeus, 1758)[1]
亜種 : エゾモモンガ Pteromys volans orii
学名
Pteromys volans orii (Kuroda, 1921)[2]
和名
エゾモモンガ
英名
Russian flying squirrel[3]
Siberian Flying Squirrel[4]
Eurasian small flying squirrel[4]

エゾモモンガ(蝦夷小鼯鼠) Pteromys volans orii (Kuroda, 1921) [2]は、ネズミ目(齧歯目)リス科リス亜科モモンガ族モモンガ属に分類されるタイリクモモンガ Pteromys volans (Linnaeus, 1758) の亜種で、日本の北海道にのみ分布する固有亜種である[5](→写真)。

名称

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黒田長礼1921年大正10年)に記録したタイリクモモンガの亜種で[2]、初の公式記録は同年のウトナイ湖(現:苫小牧市)におけるものである[6]。和名「蝦夷小鼯鼠」の命名者は岸田久吉[注 1][8]、亜種名のorii折居彪二郎への献名

アイヌ語では「アツ・カムイ」(アツ=「群棲」・カムイ=「神」の意味、すなわち「群棲する神」の意味)[9]もしくは「アッ・カムイ」(「子供の守り神」の意味、「アッカムイ」とも)と呼ばれたほか[10]1940年代までは猟師山子(やまご)[注 2]から「晩鳥」(バンドリ)という俗名で呼ばれていた[8]。「晩鳥」の名前は、北海道の開拓者たちが暗くなってから活動を開始し、鳥のように飛ぶエゾモモンガの姿から名付けたものである[12]

分布

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本種は北海道全域の[13]平野部 - 亜高山帯にかけて分布し[14]、森林(常緑針葉樹林落葉広葉樹林)に生息する[注 3][16]札幌市内の森林公園円山動物園付近にも生息しているが[3]、北海道島嶼部・千島列島には生息していない[14]

本種は住処・食料・移動手段をいずれも樹木に依存しており、樹木のない場所では生息できない[17]。一方である程度の面積・巣穴にできる太さの樹木がある森林ならば生息でき[9]、市街地の公園・学校の林[17]・鉄道の線路沿いにある防風林・住宅地近くの雑木林[注 4]などといった環境にも生息する[9]。しかし夜行性で警戒心が強いことに加え、一生のほとんどを樹上で過ごすため継続して観察することは難しく、詳しい生態はあまり知られていない[9]

本州・四国・九州に生息するニホンモモンガ(日本固有種)はムササビと巣穴などをめぐり競合するため比較的高地に多いが、北海道にはムササビが生息しないため、本種は低地から高地まで幅広く生息する[注 5][13]。なお同じ北海道に生息するリス科の動物であるエゾリスキタリスの亜種)・エゾシマリスシマリスの亜種)とはそれぞれ活動時間・空間・餌や巣などの資源を使い分けているため、3種とも競合せず同じ環境で生息できる[17]

特徴

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成獣の大きさにはオスメスで違いがあり、体長(頭胴長)はオスの方が長く16 - 18センチメートル (cm) 、メスは約15 cm[8]体重はオスが約120グラム (g) [8]、オスとメスを区別していないデータでは81 - 120 g[16]ないし100 - 120 g[13]妊娠したメスでは150 - 160 g[18]

耳長は18 - 22ミリメートル (mm) ・後足長は32 - 35 mmで[16]、体毛の毛先の色は1年を通して[8]腹面[13] - 胸部下腹部にかけて)は白色だが、それ以外の部位は白色または褐色で毛の下部は黒色である[8]。背面の体毛色は保護色になっており[19]、夏毛は淡い茶褐色・冬毛は淡い灰褐色[13]ないし白っぽい[注 6][20]。目は直径7 - 9 mmと体格に比して大きく[注 7]、目の周囲の毛色は黒い毛足が裸出しているため黒色[8]

数は切歯が上2本・下2本、犬歯はなし、前臼歯は上4本・下2本、後臼歯は上6本・下6本の合計22本(上12本・下10本)[8]乳頭数は胸部2対・腹部1対・鼠径部1対の合計8個(4対)[8][注 8]指趾数(指の数)は前肢が4本(×2=8本、第1指がない)・後肢が5本(×2=10本)の合計18本[8]。手の指は長くて物を握り掴むことに適しており[8]、樹木を登るため鋭い鉤爪を持つ一方[21]、足の平は無毛で細い枝などを掴みやすい体つきになっている[24]

陰茎骨は細長く二又になっている[8][注 9]染色体数は本種・ニホンモモンガとも同じ2n = 38である[13]

新生子は体長5.0 - 5.6 cm、尾長は2.2 - 2.5 cmで体毛はほとんど生えておらず、視力聴力はまだない[8]

飛膜・尾

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本種は滑空するための飛膜を持っており[8]、飛膜は頬後部 - 前肢まで、前肢から体側に沿って後肢まで、後肢からの付け根まである[8][25]。前肢の手首の先には飛膜を支える硬い軟骨(長さ約4 cm)が伸びており、飛膜もこの軟骨に沿って広がっている[8]

尾長はオス・メスともほぼ同じで約10 cm(尾率=体長に対する尾の比率:52.3% - 72%)[8] - 12 cm[13]。尾の断面は扁平で[8]、滑空時は方向舵の役目を果たす[3]

生態

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活動時間

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本種は夜行性の小動物であることに加え、一度の滑空により高距離を移動するため発見・追跡が非常に困難である[13]。加えて一生のほとんどを樹上で過ごし、天然の樹洞・キツツキ類の古巣を巣穴として利用するため捕獲も困難である[13]。そのような特性に加え、人間にとってはほとんど利害をもたらさない動物であったためあまり注目されず、かつて本種の生態はほとんど研究が進んでいなかったが、小鳥用の巣箱を巣穴として利用することが判明したことで電波発信機を用いたテレメトリー法による追跡調査が可能となり、その生態が明らかになっていった[13]

活動開始時刻・終了時刻は日没・日の出時刻の季節変化に比例して変化する[13]。春 - 秋(5月 - 10月)にかけては[13]日没から平均15 - 20分程度で巣から出て活動を開始し、何度か巣に戻って休む[17]。巣から出ている時間の約75%は餌を食べるために使い[13]、最後の活動は日の出前20 - 25分ごろに終えることが多い[17]。本種は主に夜行性だが[26]、春 - 夏にかけての繁殖期[17]・および厳冬期には夜間だけでなく日中にも活動する[27]

越冬

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本種は秋に越冬への準備としてドングリなどを大量に食べて皮下脂肪を貯え[28]、豊富な栄養を摂取することにより体重を15 - 20%増加させる[13]

本種はエゾシマリスと異なり冬(11月 - 4月)も冬眠せず、氷点下25℃以下にまで気温が低下して髭が白く凍り付き[29]、小さな体を吹き飛ばされるほど激しい猛吹雪が吹き荒れる厳冬期でも餌を食べに巣穴の外へ出て活動するが[30]、冬季は活動を必要最小限にとどめるため活動時間が極端に短くなり、活動開始・終了時間とも非常に不規則になる[注 10][13]

また本種は体を寄せ合い保温効果を高める目的で1つの巣穴に複数個体(通常は2 - 5匹、多い場合で10匹程度)が集まり集団で越冬する習性がある[20]。本種は無駄な争いを好まず、冬季に自分の巣穴へ同種他個体が来ても拒絶することなく互いに厳しい冬を乗り切る[31]

活動範囲

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活動範囲は巣を中心とした領域で[26]、その広さはオスで約2ヘクタール(ha)・メスでは約1ヘクタールである[注 11][16]。メスは少なくとも繁殖期に縄張りを持ち、互いに縄張りは重なり合わないが、オスは縄張りを持たずメスより広い行動圏を持ち、オス同士の行動圏は大きく重なる[32]

本種はほとんど樹上生活かそれに類する生活を送っており[21]、地面に降りることはほとんどなく[14]、雪面・地面で足跡を見ることはほとんどないが、地面を跳躍歩調する際にも飛膜を広げるため揚力が働き着地圧が軽減され、手足の着地痕が不鮮明になりやすい一方で新雪上では雪面に飛膜痕が残ることが多い[25]。またが鋭いため垂直の樹木・建造物などのモルタル壁の表面を垂直・上下左右へ自由に移動できる[14]

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行動単位は子育て中のメス以外は基本的には1匹であるが、1つの巣に複数の個体が同居していることも少なくなく[26]、特に冬季には前述のように複数個体で1つの巣に集まって越冬する場合がある[20]

本種はキツツキの一種であるアカゲラの古巣(樹洞[33]・自然にできた樹洞・人為的に樹木に架けた用の巣箱人家などの屋根裏エゾリスの古巣など、様々なものをとして利用する[34]。樹洞は入口がほぼ円形 - 卵形で直径4 - 6 cm程度の物を好むが[注 12]、出入口を歯で齧って形状を改善する場合もある[14]。エゾモモンガが巣穴として使う樹洞は大別して「繁殖用の巣穴」「(接近してきた天敵から一時的に避難するための)仮の巣穴」の2種類があるが、前者の目的で使用する樹洞は「地上からの高さ」「入口の大きさおよび方向」「中の広さ」「餌場や針葉樹の避難場所が近いこと」などの好条件がすべて満たされたものに限られる[37]。また、巣穴として使おうとしている場所に住み着いているエゾリスなどを追い出して自分の巣穴にする場合もある[38]

また本種は巣内に乾燥した柔らかい植物性巣材(枯れ木の乾燥した内皮をほぐしたもの、乾燥したコケ類・サルオガセ・枯れ草など)を運び入れ、その中で眠る[14]。このほか、樹木の枝上に小枝・樹皮を利用して巣を作る場合や[16]、凍結してできた樹木の割れ目を利用する場合もある[31]

本種は夕方に目覚めて巣穴を出るとまず糞尿を排泄するが、周囲に危険を感じない場合は低い場所で、危険を感じた場合は高い場所で用を足す[39]。糞は長さ7 - 15 mm・直径3 - 5 mmほどの米粒状糞、および柔らかい米粒状糞が集着した糞、不定形な軟便と3大別されるが、多くの場合は長さ約10 cm・直径約4 cmである[40]。糞の色は黄褐色 - 緑褐色、もしくは暗緑色・赤銅色と多様で[40]、糞は食痕がある場所・巣穴がある樹木(巣木)・移動経路上の休憩場所となっている樹下によく散乱している[40]。食巣穴近くの樹木で糞をする習性があり[31]、巣木の巣穴付近の樹面に止まりながら排泄することも普通で、巣穴下の樹面・根元の雪面は糞尿で汚れていることがある[41]。1回の排糞量は多い時で40粒ほどで、同じ巣に複数個体が同居している場合は巣樹の下に2,000 - 3,000粒も糞が溜まっている場合がある[41]。このことからエゾモモンガの巣木を見つける目安としては「樹洞からエゾモモンガが出入りしたことを確認」する以外に「樹皮面がエゾモモンガの糞尿で汚れているか、樹木の根本付近に総量50cc以上の多量の糞(複数回の脱糞)が散在している」点が挙げられる[42]

食性

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食性雑食性で、基本的には植物性のものを食べている[14]。植物では木の樹皮の甘皮・種子などで、マツ類の球果(松ぼっくり)の種子・ドングリヤマグワイチイサクラの実も食べるが、クルミは食べない[14]。四季ごとの主な食物は以下の通り。

  • 冬 - 主にトドマツの葉やカラマツシラカバの冬芽・小枝の皮[43]・花穂など[18][18]
  • 春 - ヤナギ類・シラカバ・ハンノキなどの若葉[18]。3月ごろにはハンノキの雄花の花穂[43]、3月下旬にはイタヤカエデの甘い樹液を好んで食べる[44]
  • 夏・秋 - ヤマグワ・サクラ・シラカバ・カエデなどの実、未熟なドングリ(カシワ・ミズナラなど)を食べる[18]

本種はほぼ完全な植物食だが[18]昆虫など動物性の食物も食べる[注 13][14]。本種は手の指が長いため、食物を手で持って食べることができる[14]。地上には天敵の肉食動物が多いため、地上に下りて川・湖の水を飲むことはなく、水分補給は樹上で行う[注 14][45]

なお本種は基本的に目標の樹木を発見すると食事が終わるまであまり動かず、1か所の樹木で食事をすることで体力を温存し、余分なエネルギー消費を抑えるため冬眠せず越冬することができる[31]。しかし一方で食事を終えて巣に帰る途中で巣穴とは別の樹洞を探す場合があり、この行動により天敵接近時の避難場所や冬の共同生活・子育てに適した場所を調査する[46]。また、本種は1本の樹木の芽を食べつくすことはなく、樹木全体の芽のうち3分の1ほどを食べるとその樹木ではそれ以上摂食せず、他の樹木で食事を摂るようになる[37]

長らく貯食に関する報告はなかったが[注 15]、松岡茂の継続的な研究観察により貯食を行っている可能性が示唆されている[47]

滑空

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本種は飛膜を開いて高所から低所へ滑空して移動し、最長で約50 mにわたり滑空することができるほか[注 16][14]、尾を方向舵として使用することで滑空中の旋回を可能としており[21]、きりもみ・上昇もできる[48]。本種はまず垂直な樹幹を鋭い鉤爪で駆け登り、樹上近くに到達すると周囲の様子を窺いながら目標の樹木を目指してジャンプし、両手足をいっぱいに伸ばして飛膜を広げ滑空する[21]。そして四肢を微妙に動かし、飛膜を使って揚力を調整しながら下降気味に飛翔し、目的の樹木手前でわずかに上昇して樹面にしがみつく[42]

無風の時は高木から飛び降りて滑空する一方、追い風がある場合は追い風に乗り、向かい風の場合はゆっくりと飛行する[49]。離木位置と着木位置の高低差が大きければ滑空可能距離が長くなり、着地した樹木からはさらに次の樹木へと移動することができる[21]。本種は滅多に地上に下りないため、積雪期に足跡を残さないほか、滑空することで樹木間の移動時間を短縮することで食事に費やす時間を多く取ることができる[21]

繁殖

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繁殖期は初春 - [8]、2月下旬 - 3月下旬に1回目の発情期を迎える[13]。最初の繁殖期に当たる2月 - 3月は活動が低下する時期だが繁殖期を迎えたオスは例外で、日没前から巣を出て盛んに鳴くオスの姿が観察される[13]。本種は1頭のメスをめぐり2,3頭のオスが争う場合もあるが、ムササビのように激しく争うわけではない[13]。メスはオスとの交尾を受け入れる際は樹幹に貼りつきじっとしているが、交尾を拒絶する際には横に突き出した枝に留まる[13]。1回の交尾時間は7 - 9分で、一晩のうちに何度も交尾を繰り返す[13]

出産回数はその年の繁殖期に1, 2回で、通常は1回である[8]。交尾後のメスは樹洞・巣箱に単独で営巣し、4月中旬 - 5月上旬に出産する[13]。妊娠期間は不明で1回の出産の新生子数は2 - 5匹[8]、もしくは2 - 6匹で多くの場合は3匹である[16]。子育てはメスだけで行うが、母子と成体オスが同居する場合もある[注 17][51]。本種はノミなどの寄生虫増加・子の糞尿による巣の汚染に対処するため保育中に何度か巣を移転するが、移動中に誤って子を落としてしまう場合がある[50]。その際は地面に落ちた子は母親に見つかるか疲れ切るまで成獣と似た鳴き声を上げ、自分の場所を親に知らせる場合がある[52]

幼獣は生後約20日で這うようになり、30日前後で腹を地面から離して歩けるようになるが、耳の穴が開くのは生後平均20日で、開眼は生後約35日である[13]。開眼後は開眼前より早く成長するようになり、生後40日で自分で巣から出歩くようになり、約50日で滑空の練習を始めると生後約60日(6月中旬 - 7月上旬)で体重は60 - 70 gに達し、母親から独立する[13]。親離れした幼獣は翌年には繁殖可能となる[8]

時には夏に発情する個体もおり[8]、2度目の交尾期は子供が巣立つ6月 - 7月ごろ・出産時期は7月下旬 - 8月で、その時期にはオスがメスのいる樹洞のそばで盛んに鳴いている場合がある[53]

鳴き声

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本種は「ジィージィー」と鳴く[14]。成獣は交尾期以外にはほとんど鳴かないが、幼獣は他のリス類の子と異なり、巣の引っ越しの際に母親と離れ離れになった際などには非常によく鳴く[注 18][50]。また、子が開眼して自力で行動できるようになると離れ離れになった母子は同じような声で鳴き交わしながら相互に歩み寄るほか、さらに成長した子の場合は巣の中で鳴いている母親の声を頼りに自力で巣に戻る[50]

天敵・寿命

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市街地・農耕地に生息するエゾモモンガの天敵はクロテン・エゾフクロウハイタカネコ(飼い猫・野良猫とも)[注 19]などである[18]。またシマフクロウクマタカなど希少な猛禽類もエゾモモンガを餌とする[18]

本種は天敵が多い一方で攻撃力を有さない[55]。そのため素早く確実に移動する必要があるが[37]、常に天敵に見つからないよう周囲を警戒しており、樹上では自分の体が天敵に見つからないよう注意している[注 20][56]。本種は天敵に気づくとそれが立ち去るまで気づかれないようにじっとして動かないが、時にはその時間が1 - 2時間におよぶ場合もある[14]。また、巣穴(樹洞)の中にいる本種は樹幹に振動を与えると巣内で身を固めて出てこなくなる[37]

野生個体の寿命は3年未満である場合が多いが、飼育個体の寿命は約4 - 5年とされる[16]札幌市円山動物園では幼獣段階で保護され、人工飼育下で約9年4か月間にわたり生存したオス個体「タロウ」の例がある[注 21]

人間との関係

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本種はアイヌ民族から「アッカムイ」と呼ばれて知られてはいたが、夜行性であるため記録された時期は遅く、初の公式記録は1921年だった[6]

1957年(昭和32年)に合田昌義の文献『エゾモモンガによる材木害』にて「北海道中標津営林署養老牛国有林(北海道標津郡中標津町)でカラマツ120本の樹枝先端を食害した」例が報告されているが[60][61]害獣として駆除されるほどの実害は発生していないとされる[62][63]

市街地周辺の緑地にも生息し個体数も少なくない種だが[32]、森林伐採・孤立化や食物の不足などにより生息数は減少傾向にある[64]。特に市街地・農耕地の残存林に生息するエゾモモンガにとっては林同士をつなぐ防風林(並木)が通路として役立っているが、それらの防風林が寸断されると地面に降りて移動できないエゾモモンガは他の林へ移動できなくなり、繁殖・分散が正常に行えなくなって個体数減少につながる[54]。有刺鉄線に引っ掛かり死亡した事故例も数例あり、人間の住環境周辺はエゾモモンガにとって安全な住処とは言えない[54]帯広市ではエゾモモンガなどが生息する防風林を分断する形で高規格幹線道路が建設されることを受け、野生動物のロードキルが懸念されたため、帯広畜産大学准教授の柳川久による提案を受け、道路下にエゾモモンガやコウモリなどが安全に横断できるトンネルが設置された[65]

札幌市円山動物園では1967年から本種の飼育・繁殖に取り組んでいるほか[64]釧路市動物園[66]おびひろ動物園[67]旭川市旭山動物園[68]でも本種が飼育されている。なおタイリクモモンガの毛皮はかなり薄く持久に耐えないが、質が柔らかいため寒地では耳掛けなどに用いる[69]

エゾモモンガに寄生するリスナガノミCeratophyllus indages indagesは、ヒトからも吸血する[70]

北海道旅客鉄道(JR北海道)のICカード乗車券Kitaca」のマスコットキャラクターは、札幌の絵本作家・そらがデザインしたエゾモモンガである[71]。また札幌市と帯広市で開催された2017年アジア冬季競技大会のマスコットキャラクター「エゾモン」のモチーフにもなっている[72]

写真集・関連書籍

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  • 富士元寿彦『子ども科学図書館 飛べ!エゾモモンガ』大日本図書、1998年1月。ISBN 978-4477008820 
  • 福田幸広『風の友だちモモンガ Little Friends』リベラル社、2007年10月1日。ISBN 978-4434110856 
  • 西尾博之『えぞももんがのきもち』北海道新聞社、2016年4月20日。ISBN 978-4894538245 

脚注

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注釈

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  1. ^ 理学博士・農学博士[7]
  2. ^ 「山子」とは木樵など山仕事をする人のこと[11]
  3. ^ エゾリスは常緑針葉樹林・エゾシマリスはミズナラ・カシワなどによる落葉広葉樹林に好んで生息するが、エゾモモンガはどちらの林にも好んで生息する[13]エゾマツ・トドマツなど常緑針葉樹は冬季でも葉を落とさないため、常緑針葉樹林では空中の天敵から身を隠すことができる[15]
  4. ^ 人家周辺の数ヘクタールの残存林でも観察される[13]
  5. ^ 本種の生息標高は海抜0 - 2,500メートル (m) と広範囲にわたる[1]
  6. ^ ニホンモモンガの場合は背面は夏毛が茶褐色・冬毛が灰褐色で、腹面は本種と同じく白色となる[13]
  7. ^ 目が大きいのは夜行性のためで[21]、その視力は真っ暗な夜の森林の中でも枝に接触することなく飛行できるほど高い[22]
  8. ^ ニホンモモンガの乳頭数は5対(10個)なのでその点で区別できる[23]
  9. ^ ニホンモモンガの陰茎骨は極めて短くて幅広く、ねじれている[8]
  10. ^ 飼育実験下では冬季の1日の総活動時間は平均45分であった[13]
  11. ^ 柳川(2002)によればテレメトリー法により測定したメスの縄張りは平均1.7ヘクタール、♂の行動圏は4.8ヘクタールで、うち道路・農耕地などエゾモモンガが利用できない領域を除いた森林だけの面積はメスが1.1ヘクタール、♂が2.2ヘクタールであった[32]
  12. ^ 500円硬貨程度の大きさがあれば出入りできる[35]。巣穴の入口が広いとクロテンエゾクロテン)など天敵に襲われる危険性が高いため、狭い巣穴を好む[36]
  13. ^ 昆虫は成虫幼虫を食べる[14]
  14. ^ 夏は樹木の葉に付いた水滴・冬は枝に積もった雪を飲み食いして水分を補給する[45]
  15. ^ 「エゾシマリス・エゾリスのように秋季に種子を貯食することはない」[13]「冬眠も食料の貯蔵もしない」と記載された文献がある[28]
  16. ^ 目黒誠一は自身の観察記録として「一番長く飛んだ際は150 m以上飛んだ」と述べている[37]
  17. ^ 授乳中の母子とオスの同居例はいずれも子は巣立ってこそいなかったが開眼して成長した状態で、哺乳類においてこのように授乳中の母子とオスが同居することは非常に珍しい[32]。夏季には子育て中のメスの巣穴に入り込んで母子と同居し、確実にメスと交尾しようとするオスもいる[50]
  18. ^ エゾモモンガの子がエゾリスなどと違い頻繁に鳴く理由は「夜行性であるため、視覚による子の探索がほとんど不可能であるから」と考えられている[32]
  19. ^ 市街地では主にネコが重要な捕食者になっている[54]
  20. ^ 1981年から北海道で動物写真家として活動している目黒誠一(2000)は「長い間エゾモモンガの撮影を続けていたところ、『自分がそばにいると天敵に狙われない』と学習したためか、レンズの先端から約20 cmほどまで接近しても逃げなくなった」と述べている[37]
  21. ^ 「タロウ」は2004年5月17日(当時生後十数日)に円山公園で保護され[57]、円山動物園内で飼育されていたが2013年9月17日に老衰で死亡した[58]。3歳になった2006年8月の時点で、人間で言えば平均寿命を超えているとされていた[59]

出典

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参考文献

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ウェブサイト
出版物
  • 黒田長禮(種の解説)・岡田要(書籍の著者)『新日本動物圖鑑』 下(9版発行)、北隆館、1988年5月10日(原著1965年1月25日・初版印刷)、679頁。ISBN 978-4832600225 
  • 柳川久、日高敏隆(監修) 著「エゾモモンガとニホンモモンガ」、川道武男 編『日本動物大百科 哺乳類I』 第1巻(初版第3刷)、平凡社、2002年3月22日・初版第3刷発行(原著1996年2月21日・初版第1刷発行)、84-87頁。ISBN 978-4582545517 
  • 小宮輝之「エゾモモンガ(タイリクモモンガ)」『日本の哺乳類』 11巻(増補改訂版)、学習研究社〈フィールドベスト図鑑〉、2010年2月16日(原著2002年3月29日・初版発行)、17頁。ISBN 978-4054013742 
  • 阿部永(監修)自然環境研究センター「タイリクモモンガ」『日本の哺乳類』(改訂2版)東海大学出版会、2008年7月5日・第1刷発行(原著1994年12月20日・初版第1刷発行 / 2005年7月20日・改訂版第1刷発行)、124頁。ISBN 978-4486018025 
  • 門崎允昭『野生動物調査痕跡学図鑑』北海道出版企画センター、2009年10月20日、38-39,54,64,94-97,169-171,173-174,176,183,223-224,238-240,321,345-347頁。ISBN 978-4832809147 
  • 目黒誠一『エゾモモンガ 目黒誠一写真集 -アッカムイの森に生きる-』(第5刷)講談社、1997年10月13日(原著1994年3月15日)。ISBN 978-4062068833 
  • 寮美千子(文)、目黒誠一(写真)「森に生きる小さな命(動物写真家:目黒誠一)」『モモンガ かぜにのる』 11巻(第1刷発行)、チャイルド本社〈チャイルド絵本館 どうぶつ感動ものがたり〉、2000年2月1日。ISBN 978-4805422069 
  • 富士元寿彦『エゾモモンガ』(第2刷)北海道新聞社、2001年4月10日(原著2001年1月31日)。ISBN 978-4894531338 
  • 目黒誠一『モモンガの森へ』(第1刷)講談社、2002年5月20日。ISBN 978-4062663724 
  • 富士元寿彦『モモンガにあいたい』(初版第1刷)青菁社〈seiseisha mini book series〉、2004年12月24日。ISBN 978-4883502035 
  • 太田達也『モモンガだモン! 北の森からのメッセージ』天夢人、2017年12月11日。ISBN 978-4635820257 
  • 進啓士郎『世界一かわいいエゾモモンガ』(初版第1刷発行)パイインターナショナル、2019年10月7日。ISBN 978-4756252678  - 2019年10月10日発売。
    • 北海道・知床で野生動物を撮影する写真家・進啓士郎が撮影・制作した写真集。帯広畜産大学野生動物管理学研究室の協力による生態解説付き。
辞典

関連項目

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外部リンク

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