コンテンツにスキップ

クマルビ神話

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

クマルビ神話(クマルビしんわ)とは、紀元前14-13世紀のヒッタイトの遺跡から発掘された、クマルビ英語版神にかかわる神話である。ギリシャ神話「神統記」の原形と見なされる。

ただしヒッタイト土着の神話ではなく、フルリ語神話のヒッタイト語への翻訳と考えられている。

発見史

[編集]
1905年 フーゴー・ウィンクラーボアズキョイの発掘を開始。
1915年 ベドジフ・フロズニーがヒッタイト語の解読に成功。インド・ヨーロッパ語族と確認。
1916年 ドイツオリエント学会ドイツ語版が『ボアスキョイ出土の楔形文字文書ドイツ語版』 KBo を発刊開始。2015年までに計70巻。
1921年 ベルリン国立博物館が『ボアスキョイ出土の楔形文字資料ドイツ語版』 KUBを発刊開始。 1990年に60巻で終了。
1945年 ハンス・ギュターボックドイツ語版 が、KUB33巻(1943年)からクマルビ神話の「天上の覇権」「ウルリクムミ」を翻訳。神名はフルリ語由来と推定し、またヘシオドス「神統記」との類似性を指摘[注 1]
1951-2年 ギュターボック、 「ウルリクムミ」を改訳出版[3]
1971年 エマニュエル・ラロシェフランス語版が、ヒッタイト文書を内容別に整理したヒッタイト文書カタログドイツ語版 (CTH)を発行[4]。 CTH321-370が神話。
1990年 ハリー・ホフナー英語版が発見されたヒッタイト神話のほとんどを英訳[5]。(1998年第2版)

内容

[編集]

以下の5つの歌を1995年にLebrunが「クマルビ神話集」と呼んだ[6]

天上の覇権/クマルビの歌/出現の歌[注 2] (CTH344)

[編集]

KUB33.120 I[注 3]

[編集]

最初はアラルが天上の王者だった。 9年後、アヌがアラルを打ち破った。 アヌの9年目にクマルビが挑戦し、アヌの局所を噛み切った。 その時クマルビはアヌの精 を飲んだため、天候神をはらんだ。

KUB33.120 II

[編集]

クマルビは天候神に対抗する子がほしいとアヤ(エア)に相談。 クマルビから天候神が生まれた。

KUB33.120 III(KUB36.31で補足)

[編集]

天候神はクマルビに挑戦する。 (後半部は欠落)

KUB33.120 IV(KUB33.119で補足)

[編集]

クマルビが吐き出した精 から「大地」が2人の男児を出産。

ラマの歌 (CTH343)

[編集]

KUB36.2など。 クマルビとエアはラマを王座につける。 ラマが9年間神々の王となる。 その後ラマは天候神に負けたらしい。

銀の歌 (CTH364)

[編集]

KUB33.115など。 人の子「銀」は父がクマルビであると知る。 「銀」は神々の王となった。 その後は不明。

ヘダムムの歌 (CTH348)

[編集]

KBo26.72など。 クマルビは大食の海竜ヘダムムを生む。 愛の女神イシュタルは、ヘダムムに酒を飲ませて誘惑する。 その後は不明だが、おそらくヘダムムは殺された。


ウルリクムミの歌 (CTH345)

[編集]

1 (CTH345.I[注 4].1) KUB33.102、KUB33.98など

[編集]

クマルビと「岩」の間に岩の子、ウルリクムミが生まれた。

2 (CTH345.I.2) KUB36.12など

[編集]

女神イシュタルはウルリクムミを誘惑しようとしたが、ウルリクムミは動じない。 天候神はウルリクムミに戦いを挑む。

3 (CTH345.I.3) ほぼKUB33.106

[編集]

天候神はウルリクムミを倒す方法をエアに相談。 太古、天地を切り離した鋸でウルリクムミの足を切れとエアが助言。 (結末は欠損)

他国の神話との関係

[編集]

メソポタミアの神、ギリシャの神と以下のような対応がみられ、メソポタミア神話→クマルビ神話→ギリシャ神話へと移行したと考えられる。

メソポタミア(アッカド)神話 クマルビ神話 ギリシャ神話
天空神 アヌ アヌ ウーラノス
収穫神 [注 5] クマルビ クロノス
天候神 アダド テシュブ [注 6] ゼウス
天候神への挑戦者 ウルリクムミ テュポン
知恵神 エア エア(アヤ)[注 7] メティス[注 8]
愛の女神 イシュタル イシュタル[注 9] [注 10]
  • ヘシオドス「神統記」で、ウーラノス→クロノス→ゼウスという権力交代がみられるように、クマルビ神話ではアヌ→クマルビ→テシュブという権力交代が起こる。 (ただしクマルビ神話の最初の神アラルは他の神話と対応しない。)
  • 「神統記」でクロノスがウーラノスの局部を切断したように、クマルビはアヌの局部を切断する。

外部リンク

[編集]

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 1945年の論文はトルコ語。1946年にドイツ語[1]、1948年に英語[2]で発表。
  2. ^ 1936年のForrerの初訳[7]以来、1970年代までは「天上の覇権」と呼ばれ、轟訳[8]もそれに従う。その後Güterbockが「クマルビの歌」と呼び、1990年にHoffnerもその呼び名を使用。2007年にCortiは「出現の歌」が正しいとし[9]、Beckmanはそう呼ぶ。
  3. ^ 一枚の粘土板には表裏に2欄ずつ計4欄あり、I,II,III,IVであらわす。
  4. ^ この歌はフルリ語版も発見されており[10]、Iはヒッタイト語版、IIはフルリ語版を示す。
  5. ^ Güterbockはクマルビ相当の神に風神であるエンリルをあてた[2]
  6. ^ ヒッタイト語は表音文字以外に表意文字も混在して使われ、「天候神」の表意文字が使われることが多い。フルリ語読みの表音文字ではテシュブ。
  7. ^ エアはフルリ語に訛ってアヤ。
  8. ^ ゼウスはメティスの知恵を借り、天候神テシュブはエアの知恵を借りるが、その内容の類似は乏しい。
  9. ^ ヒッタイト語ではアッカド語由来の表意文字イシュタルがよく使われる。フルリ語表音文字ではシャウシュカ。
  10. ^ ギリシャの愛の女神はアプロディテだが、エピソード上の類似は乏しい。

出典

[編集]
  1. ^ Güterbock, H.G. (1946) Kumarbi: Mythen vom churritischen Kronos aus den hethitischen Fragmenten zusammengestellt, übersetzt und erklärt. Zürich; New York: Europa Verlag.
  2. ^ a b Güterbock, H.G. (1948) The Hittite Version of the Hurrian Kumarbi Myths: Oriental Forerunners of Hesiod. Am Journal of Archaeology 52:123-34.
  3. ^ Güterbock, H.G. (1951, 1952) The Song of Ullikummi. Revised Text of the Hittite Version of a Hurrian Myth. Journal of Cuneiform Studies 5:135-161,6:8-42.
  4. ^ Laroche, E. (1971) Catalogue des textes hittites. Paris: Klincksieck.
  5. ^ Hoffner, H. A. Jr. (1990) Hittite Myths. Atlanta, GA: Scholars Press.
  6. ^ Lebrun, R. (1995) From Hittite Mythology. The Kumarbi Cycle. In: J.M. Sasson (ed.), Civilizations of the Ancient Near East. New York: Charles Scribner's Sons. pp.1971-1980.
  7. ^ Forrer, E. O. (1936) Eine Geschichte des Götterkonigtums aus dem Hatti-Reiche. In: Mélanges Franz Cumont (= Annuaire de l'Institut de Philologie et d'Historie Orientalis IV), Bruxelles: Université Libre, pp.687-713.
  8. ^ 轟俊二郎訳「クマルビ神話」 杉勇編『筑摩世界文学大系1 古代オリエント集』筑摩書房 1978
  9. ^ Corti, C. (2007) The so-called 'Theogony' or 'Kingship in Heaven': The name of the song. Studi Micenei ed Egeo-Anatolici 49: 109–121.
  10. ^ Giorgieri, M. (2001) Die hurritische Fassung des Ullikummi-Lieds und ihre hethitische Parallele. In: G. Wilhelm (ed.), Akten des IV. Internationalen Kongresses für Hethitologie, Wiesbaden: Harrassowitz Verlag, pp.134-155.