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一型繋留気球

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

一型繋留気球

一型繋留気球の6号機[1]

一型繋留気球の6号機[1]

一型繋留気球(いちがたけいりゅうききゅう)は、大日本帝国陸軍が用いた偵察用繋留気球

経緯

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陸軍気球隊では1918年大正7年)にフランスより輸入したR型繋留気球を主力として用いていたが[2][3]1920年(大正9年)に[2]R型の部分的な改造品を[1][2][4]試作し、6月21日に陸軍に徴収された試作第一号を皮切りに18機が製作された。生産は藤倉工業東京イー・シー工業が担当した[2]

生産開始の段階では輸入品と同様に「R型繋留気球」と呼称されていたが[2]1926年(大正15年)[1][2][4]8月に[1][4]「一型繋留気球」の名で準制式制定がなされた[1][2][4]。準制式制定後も、1927年昭和2年)に製造中止となるまでの間に7機が追加で完成している[2]。また、1927年には後継機として九三式繋留気球の開発が開始されている[5]

なお、1931年(昭和6年)に「九一式繋留気球」と改称されたとする資料があるが[2]、九一式はフランス製のBD型繋留気球を原型とするもので、一型とは別物だとする資料も存在する[6]

設計

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ガス嚢と[7]空気房を収め[2]吊籠を吊り下げた魚形の気嚢を持ち[7]、気嚢の後部には120度の角度を取って[8]安定舵嚢と方向舵嚢が取り付けられている[7]。なお、気嚢尾部が尖っていない点が、後年の日本陸軍の繋留気球との外観上の差異となる[9]

価格は1基19,000 - 22,985円だった[2]

諸元

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出典:『陸軍気球連隊と第二格納庫』 2頁[1]、『日本の軍用気球』 154頁[4]

  • 全長:27.977 m
  • 気嚢最大中径:8.24 m
  • 気嚢容積:1,000 m3
  • 重量:523 kg
  • 有効搭載量:200 kg
  • 乗員:2名

脚注

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  1. ^ a b c d e f 千葉市立郷土博物館 2022, p. 2.
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 秋本実 2008, p. 138.
  3. ^ 佐山二郎 2020, p. 132,133,141.
  4. ^ a b c d e 佐山二郎 2020, p. 154.
  5. ^ 秋本実 2008, p. 139.
  6. ^ 佐山二郎 2020, p. 158,159.
  7. ^ a b c 佐山二郎 2020, p. 138,139.
  8. ^ 佐山二郎 2020, p. 159.
  9. ^ 佐山二郎 2020, p. 146,168.

参考文献

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  • 『陸軍気球連隊と第二格納庫 ―知られざる軍用気球のあゆみと技術遺産ダイヤモンドトラス―』千葉市立郷土博物館、2022年、2頁。全国書誌番号:23681675 
  • 秋本実『日本陸軍試作機大鑑』酣燈社、2008年、138,139頁。ISBN 978-4-87357-233-8 
  • 佐山二郎『日本の軍用気球 知られざる異色の航空技術史』潮書房光人新社、2020年、132,133,138,139,144,154,158,159頁。ISBN 978-4-7698-3161-7