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上伊那地域の方言

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
長野県方言 > 上伊那地域の方言

上伊那地域の方言は、中北部と南部での差が大きく、一つのまとまった方言圏を形成していない。本記事では、上伊那地域で話されている方言」について扱う。本文中の「上伊那方言」もそのような意味である。

地域差

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上伊那地域の方言は上伊那としてのまとまりはあまりなく、中北部と南部での差が大きい。中・北部が伊那・高遠方言圏に属しているのに対し南部は飯田・下伊那方言圏に属していると言うこともできるが、最も大きな違いは下伊那地域から上伊那地域南部にかけての西日本方言的特徴の色濃さであり、岐阜・愛知方言など東海方面からの影響も少なからず見られる。その点、木曽地域などと並行する。一方で、上伊那中部以北ではそれらの特徴が急速に薄れ、松本市諏訪市など信州中部の方言体系に近くなる(特に諏訪地域とはかなり近いという)。このようなことから、中北部は中信(信州中部)方言に、南部は南信(信州南部)方言に分類され[1][2][3][4]、その境界線としては宮田村駒ヶ根市の間を流れる太田切川から分杭峠の南北での相違が大きいとする研究が多い[5][6][3]

また伊那方言と飯田方言では、敬語体系や敬語表現の違いも大きいという[5][3]

以下では方言的特徴によって統一的な面を求める「方言圏」的な考え方と、境界線を求めようとする「方言区画」の考え方(しかしここでは方言の分布を基準としている以上方言圏の考えも含まれる)に分け、上伊那地域の方言の地域差について詳しく解説する。

方言圏 

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守屋新助は、飯田方言を伊那方言と比較した場合、遠く離れた名古屋京都でも距離の割に比較的よく使われているものが太田切川駒ヶ根市赤穂と宮田村の間を流れる)を超えたあたりから激減している点について注目しており、飯田方言と伊那方言では根本的に性格を異にしているのではないかと主張した[7]

飯田で使われているが伊那で使われていない方言 [7]
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伊那
西春近
宮田
赤穂
飯島
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大島
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市田
座光寺
上郷
飯田
名古屋(参考)
京都(参考)
  •   文法
  •   語彙

また畑美義も、関西、東海方面から入ってきた方言が上伊那南部の赤穂あたりまでは比較的よく分布しているが、以北には及んでいないものが多いと主張。太田切川から分杭峠に至る線以南を西日本方言圏とし、以北を東日本方言圏とする見解を発表した[8]。また福沢武一も、上伊那地域南部には西日本方言的特徴が多く及んでいるとし同様の見解を発表したことがある[9]。このような見解は学界に影響を与えるほどではなかったが、東条操市川健夫向山雅重らから評価の声もあった。詳しくは「東西方言の対立と上伊那地域の方言」を参照されたい。また、駒ヶ根市東伊那・中沢といったような微細地域の所属の吟味については「方言区画」で述べる。

以下では、東西方言の指標と関係するもので中信方言と南信方言で差異が認められるものについて分布を示した。

①中信方言と南信方言の比較表(東西対立の観点から)[5][6][3][10][11][12][13][14]
松本市 諏訪市 辰野町小野 伊那市 宮田村 駒ヶ根市赤穂 中川村 飯田市街地
方言の印象
(馬瀬良雄による評価)
不明 飯田方言ほどゆったりしていない ゆったりしている
語感
(福沢武一による評価)
不明 明快剛直 どちらとも言えない 温和優雅
連母音 ai ee æɘに寄ったai
oi ee oi
ui ii ui
au au aa oo au
ou ou oo ou
打ち消し …ネー …ネー、ン …ン
婉曲打消表現 …センは使わない …センを使う
順接条件 …ネーケリャー等も使う …ニャー類しか使わない
居る イル イル、オル(少) イル、オル オル
…ている …テル …トル
命令形 …ロ …ロ、…ヨ、…ョー …ヨ、…ョー
ヨー来た
(限定的な形容詞ウ音便)
ほとんど言わない 言う
トーから来た
(限定的な形容詞ウ音便)
言わない 言う
サ行イ音便 ×

なお、過去否定「ナンダ」や母音の無性化が起こりにくいことなどは中南信でほぼ共通する西日本方言的特徴である(東北信まで行くとこれらの特徴も漸次姿を消す)し、断定「ダ」や、ワ行五段活用動詞の促音便、形容詞ウ音便が一部の例外を除いてほぼないことなどは、ほぼ長野県全域に満遍ない東日本方言的特徴である。アクセントも広く中輪東京式が行われており、関西的なところはない[5]

次に愛知県方面から入ってきているものには以下のようなものがあるが、概ね駒ヶ根市のあたりまでで分布が薄れるものが多い。これらの多くは木曽地域南部などにも並行して入ってきている。なお理由「デ」「モンデ」なども名古屋方面からのものであるが、中南信のほぼ全域で行われており地域差はないため省いた[5]

②中信方言と南信方言の比較表(愛知県方言の分布)[5][6][3][10][11][12][13][14]
松本市 諏訪市 辰野町小野 伊那市 宮田村 駒ヶ根市赤穂 中川村 飯田市街地
オ…ル 使わない 使う
オ…テ 使わない 使う
…名古屋ナモシの類[15] 使わない 多少使われる 使う
…ダラ 使わない 最近使うようになった 昔から使う
…マイカ 使用頻度低 使用頻度やや低 使用頻度高
A型動詞+マイカ 終止-連体形に接続する場合が多い 未然形に接続する場合が多い
サ行動詞の活用 上一段活用 下一段活用
まだ マダ マンダともいう

なお意志や推量には長野・山梨・静岡方言の最大の特徴とされる「ズ」「ズラ」「ラ」類を用いるのが普通であり、名古屋のように「ウ」「ダロー」を使うことは基底方言としてはない。そのため南信方言を明確に「岐阜・愛知方言」に所属させようとする区画案は今のところない[5][6]

もう一つ、長野・山梨・静岡方言から南関東あたりまでの大きな特徴として、「見ルダ」「白イダ」のように動詞や形容詞に「ノ」を介さずに「ダ」をつける用法があるが、中信方言には盛んであるものの、飯田市を中心とする方言では少ない(ただし愛知県の一部などで再び行われるなどそれほど単純な分布ではない)。金田一春彦によれば、この地域の「見ルダ」は東京などの「見ルノダ」等とは少し用法が違うのではないかといい、「見ルダロー」対「見ルノダロー」にしっくり対応する言い方がこの方言にはないのではないかと推測している。これに関しては金田一の述べるように、「行クダ」等をよく使う地域と「行クズラ」のように動詞や形容詞に「ノ」を介さずに「ズラ」がつく地域はほぼ並行しており、「行クンズラ」のように「ノ(ン)」を介す地域では、「行クンズラ」と「行クラ」は確実性の違いによって使い分けられていると見られているが、「行クズラ」を併用する地域になると確実性による区別は次第に曖昧になり、さらに「行クズラ」のみの地域になると「行クラ」と意味による区別はなくなるという。そしてもう少し北へ行くと「行クズラ」一本で事足りるようになり「行クラ」は消える。このような地域では東京でいう「行クノダロー」に対応する言い方が存在しないと見られている[5][6][3]

③中信方言と南信方言の比較表[5][6][3][10][11][12][13][14]
松本市 諏訪市 辰野町小野 辰野町辰野 箕輪町 伊那市 伊那市高遠 伊那市長谷 宮田村 駒ヶ根市赤穂 飯島町飯島 中川村 飯田市街地
動詞、形容詞+ダ ノ(ン)を介さない形をよく使う ノ(ン)を介す場合が多い
動詞、形容詞+ズラ ノ(ン)を介さない ノ(ン)を介す形も使う ノ(ン)を介す
ズラとラ 確実性による区別はない 確実性による区別は曖昧 ラの方が確実性が高い
動詞、形容詞+ラ 使わない 使う

以下、比較的小地域の放射としては、飯田市を中心とする地域は「複雑敬語方言」と言われており、敬語表現がかなり細かく分化・発達しているという。飯田市を中心とした敬語表現的特徴には、愛知県から取り込まれた「オ…ル」「オ…テ」「ナモシ類」以外にも、丁寧な断定「…ナ」、…様を意味する「…マ」(オジーマ、オバーマのように使う)、丁寧な呼びかけ「ホイ、ホエ」、「…アリマス」などがあり、そのすべてが上伊那南部まで入ってきている。使用頻度も問題にはなるが大雑把に見て駒ヶ根市あたりから南で使われており、このあたりの方言の特徴となっている。「…ダニ」「…ナンショ」のように、伊那谷のほぼ全域に広がっているものもある(諏訪や松本まで行くとない。ダニは東信や愛知県三河等にもあるが、福沢武一によれば本場は伊那谷であると言われる)[5][6][3]

一方で、松本市を中心とする地域に特徴的な「…マショ」「…ダジ」「…ダンネ」「…ズロ」「…セ」、四音節動詞第二類Bの中1高型アクセントなどは、辰野町小野などの北端地域にわずかに入ってきている程度でほとんどの地域では使われない[5][6]。また諏訪地域で用いられる「ナナ…ト」の類も上伊那地域には入ってきていない[5]

これらに比較すると、伊那・高遠方言圏のみに見出される著しい特徴はあまり多くない。しかし、以下のものは伊那・高遠方言を中心としたものであると考えられる。

  • 連母音[ai][ae]が徹底的に融合されるのは長野県のほぼ全域に共通であるが、そのうち、蒔いた→「メータ」、沸いた→「ウェータ」のように、動詞に付属語「た」が下接した場合のものまで融合を見せるのは伊那・高遠を中心に南北に広がった地域(諏訪、上伊那、下伊那の大部分)のみの特徴となっている[13][5]
  • 「ソーダナエ」「ソーカエ」「ソーダゾエ」のように終助詞にエを添える用法は、松本市やそれ以北の方言にもあるがどちらかと言えば伊那・高遠を中心に、上伊那の南端部を除くほぼ全域で非常によく使われるものであり、諏訪地域でもかなりよく使われる。上伊那南端から飯田ではあまり使われない[5][6]
  • 「…(ラ)ッシー」の類は、松本市やそれ以北、また下伊那南部にもあるが、上伊那中北部から諏訪、山梨県甲州弁などに本格的な拠点を置くものである。細かい語形や接続の仕方などは甲州弁の「…シロシ」や茅野市の「寄ラッセ」などとは異なるため「寄ラッシー」「飲マッシー」などの言い方は伊那・高遠を中心とした一つの放射の型を持っていると思われる。なお南方面への広がりはあまりなく、上伊那でも宮田村以南から飯田下伊那地域ではほぼ使われない[5][6]
  • 連用形に「…i」が現れる動詞に助詞「ニ」が連なる場合、「…i」が「…e」に変化するのは、上伊那と諏訪を中心にそれと接する一部地域のみの特徴である。以下例。
    • 持ちに行く→モテー行ク
    • 取りに行く→トレー行ク
    • 遊びに来た→アスベー来タ
    • 聞きに来た→キケー来タ
    • 県内の他地域では「モチー行ク」「トリー行ク」のようになるのが普通である[5][13]

また、以下のものも長野県では上伊那中北部から諏訪地域に特徴的なものであるが、山梨県甲州弁とも全く共通の場合が多く、伊那・高遠を中心とした広がりを持つものであるかは必ずしも言えない。

  • 「…ジャン」「…ジャンカ」の起源には諸説あるが、上伊那全域から諏訪、山梨の甲州弁などでは古くからよく使われていたとされ、長野県の他地域よりもこの辺りに特徴的なものと言って良い。また「行クジャン」のように勧誘にも使われ、使用頻度としては伊那市以北から諏訪地域で比較的よく使われる。ジャンは静岡県や神奈川県、愛知県三河の方言とされることも多いが、馬瀬良雄福沢武一はいくつかの地域で別々に発祥したものではないかと考えているという。ただし、ジャンの起源を巡っては諸説あるうえに研究者の間での溝が深いという[6][3]
  • 連母音[au][ou]が融合するのは長野県では上伊那中北部から諏訪、離れて佐久地域のみとなっており、甲州から連なっているものと思われる。分布は太田切川までで食い止められ以南には広まっていない[5][13]

さらに小地域の放射としては駒ヶ根市赤穂を中心とした地域で疑問詞の平板型アクセントを取ろうとする傾向や、終助詞「…ケ?」などが見られる[16]が、範囲は狭く、前者は赤穂を中心に宮田、東伊那、中沢、飯島の一部に分布し(ただし赤穂以外ではかなりゆれが生じていて個人差や単語差が大きい)、後者は概ね駒ヶ根市から松川町あたりまでは使われるようであるが、中川村、松川町などでは駒ヶ根ほどは多用されず、またあまり丁寧ではない場面で使われる傾向にあるという[4][5][17]

以上ではアクセント、音韻、文法といったような基本的な言語体系に関わる部分について述べてきたが、語彙のような個別的なものの分布について見ると、駒ヶ根市赤穂、辰野町、箕輪町と言ったような小地域を中心とした放射やそれらの地域のみに特徴的な方言、伊那市長谷など東部のみに特徴的な方言もあるという[4][5]。語彙の分布については、「語彙」の項を参照されたい。

方言区画 

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上伊那地域の方言は太田切川-分杭峠の南北で大きく2つに分けられるのが現在では定説となっており、馬瀬良雄[3]。守屋新助[7]、畑美義[8]福沢武一[9]浅川清栄[9]向山雅重[18]市川健夫[19]風越亭半生[10]等が主張、支持している。一方で、かつては中田切川-分杭峠を一大言境として考える説・研究もあり、青木千代吉(ただしここでは音韻のみでの研究)、足立惣蔵、南向村誌(執筆者不明)らが主張していた。

太田切川言境説 

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方言意識としては古来から太田切川の南北で大きな隔たりを感じている者が多かったとされ[20][5][21]、向山雅重は太田切川を境として変わる方言として以下のものを例に挙げながら方言調査の必要性について指摘した[20][21]。なお、調査方法や調査の時期によっては境界線が多少南北にズレる場合もあり、例えばとーり/にわは馬瀬良雄らによる言語地図ではさらに南の飯島町中部〜南部あたりで対峙しているが、それ以外の項目はどの文献でも概ね一致している。

太田切川以北(宮田) 太田切川以南(駒ヶ根市赤穂)
正座 おすわり おかしま
お手玉 おてんこ おたま
どぶ いけ
小石 (言葉なし) いしなご
土間 とーり にわ
がに かに
竹の小枝 (言葉なし) よどろ
新しい開拓地 しんげー あらとこ

守屋新助は、飯田で使われているが伊那で使われていない方言について天竜川西岸の地域における使用率を調べると以下の結果であったという。この結果を受け守屋は、太田切川に決定的な境界線が存在すると主張した[7]

飯田で使われているが伊那で使われていない方言 [7]
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伊那
西春近
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赤穂
飯島
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片桐
上片桐
大島
山吹
市田
座光寺
上郷
飯田
名古屋(参考)
京都(参考)
  •   文法
  •   語彙

畑美義『上伊那方言集』では、飯田付近の方言が上伊那にどのように入りこんでいるかを調査すると、その使用率は、中川村89%、飯島町77%、駒ヶ根市赤穂66%、宮田村19%、伊那市5%という割合であり、逆に、伊那附近に使用されていて太田切川以南に少ない語の使用状態を調べてみると、伊那市100%、宮田村88%、駒ヶ根市赤穂21%、飯島町10%であったという[8]。その調査結果について『飯島町誌 下巻 現代 民俗編』では、以下の表のように解釈し紹介している[22]

伊那方言と飯田方言[22]
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伊那
宮田
赤穂
飯島
飯田
  •   伊那方言
  •   飯田方言

畑は、太田切川の南北で方言に違いが認められる理由について、太田切川は昔から政治上の境界で、大体太田切川以南は関西方面の領主、以北は関東方面の領主の領土であった場合が多かったため、言語、風習等も太田切川を境として長い間に次第に変わって来た[8]のだという人為的要因を主張しているが、また一方で、太田切川は流れが急で水量が多く、水難事故が多かったため交通の難所であった[23]、伊那谷随一の「暴れ川」として古来から伊那谷を南北に分断してきた[20]という自然的要因も挙げることができるという。

なお、太田切川から分杭峠にかけて真っ直ぐに線を引いた場合丁度境界線上にあたる駒ヶ根市東部の東伊那及び中沢地区について畑は、東日本(上伊那北部)・西日本(上伊那南部)の混合地帯であたると指摘しつつも(この混合地帯には太田切川以北ではあるが宮田村も含まれている)、その内容について検討すると関西、東海方面から入ってきた方言は赤穂までで食い止められ、東伊那、中沢以北には及んでいないものが多いと主張。東伊那、中沢は東日本(上伊那北部)方言に所属させるべきと主張した[8]

畑の研究について、福沢武一は、論文『長野県上伊那郡における東西方言の境界線』においてそれらの説を立証すべく、上伊那における方言の分布の調査を行い、境界頻度数について検証した。結果としては以下の表のようになっている。

方言境界頻度数1[9]
50
100
150
200
250
300
中箕輪-伊那間
伊那-宮田間
宮田-赤穂間
赤穂-飯島間
飯島-上片桐間

さらにここに、天竜川東岸にある中沢地区を加えると以下の表のようになったという。

方言境界頻度数2[9]
50
100
150
200
250
300
中箕輪-伊那間
伊那-宮田間
宮田-中沢間
中沢-赤穂間
赤穂-飯島間
飯島-上片桐間

また福沢は、意図的に上伊那の特徴語のみを抜萃した統計も行い、以下の表のような結果となった。

方言境界頻度数3[9]
10
20
30
40
辰野-中箕輪間
中箕輪-伊那間
伊那-宮田間
宮田-赤穂間
赤穂-飯島間

ここに今度は中沢地区、東伊那地区を加えると以下のようになったという。

方言境界頻度数4[9]
5
10
15
20
辰野-中箕輪間
中箕輪-伊那間
伊那-宮田間
宮田-東伊那間
東伊那-中沢間
中沢-赤穂間
赤穂-飯島間

福沢はこれらの結果に加えて語感の違いなども総合し(福沢は語感について北部は明快剛直で東日本方言的、南部は温和優雅で西日本方言的な傾向があると主張する[9][4])、改めて太田切川-分杭峠線を支持しつつも、中沢地区は西日本(上伊那南部)方言圏に含め、東伊那地区を中間地帯とすべきと主張した[9]点については畑と見解が分かれた。また福沢の調査では畑や守屋の調査と比較して伊那-宮田間の落差も比較的大きい点が特徴となっており、広くは宮田、東伊那、中沢を接触地帯とすることができるとも主張した(この主張は畑もしている)。

また福沢はのちに『伊那市史 現代編』『上伊那の方言 ずくなし 上巻』で再び北部系方言と南部系方言の境界についての主張を行っているが、そこでは宮田村駒ヶ根市東伊那・中沢地区を広く中間地帯(さらに伊那市西春近南部もこれに準ずるという)としており、一つの線を持って区画することを避けた[24][4]。その際の福沢による方言地域別語数分布のグラフを読み取ると、概ね以下のような分布となっている[25]

北部系方言と南部系方言[24][4]
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50
100
150
200
伊那
宮田
中沢
赤穂
飯島
  •   北部系
  •   南部系

福沢の調査では比較的、伊那-宮田間の方言差が大きく、駒ヶ根市中沢地区では南部系方言の方がやや上回っている点が一貫しているといえる[24][4]

その後馬瀬良雄は上伊那地域における綿密な臨地調査を行い、約240地点、280項目もの言語地図の作成および総合的な研究を行った[5]。その際方言区画についての断定的な主張はされていない[5]が、馬瀬は自身の調査結果と守屋、畑、福沢らの研究を総合したうえで、太田切川-分杭峠線をもって中信方言と南信方言の境界とし、駒ヶ根市東伊那、中沢地区については宮田村以北と同じ中信方言に区画する案を発表した[3]。近年では馬瀬による方言区画が最も支持されているという。例えば平山輝男らによる現代日本語方言大辞典でも、馬瀬による方言区画が採用されている。

なお、民俗学、地理学的観点からも太田切川が境界になっているものが多いとされ、地理学者の市川健夫によれば忠犬早太郎説話や三河式の手作り花火照葉樹林帯の北限も太田切川であるといい、民俗学者の向山雅重によれば太田切川-分杭峠の線の南北で炬燵のサイズが異なるという[26][27]

 中田切川言境説 

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近年の研究ではあまり参照されていない説であるが、かつては中田切川を一大言境として考える説・研究もあったため紹介する。青木千代吉は音韻現象における諏訪上伊那方言と南信方言の境界を、連母音[oi][ui]の融合やサ行イ音便の有無などから中田切川-分杭峠線、すなわち飯島町中川村駒ヶ根市の間に設定している(これは総合的区画ではなく音韻のみの区画となっている点について注意。なお青木は総合的区画についても発表しているが、境界線については明示していない)[28]。ただ、上に挙げた項目はのち馬瀬らの調査によって多少違った分布を持っていることが明らかになり、現在ではあまり参照されていない。南向村誌では、語彙の分布などを例に挙げながら、諏訪・上伊那系方言と下伊那系方言の境界を中田切川-分杭峠線と主張している[29]。足立惣蔵は自身の調査結果から関西語の影響の及ぶ範囲を伊那谷では飯島町以南とし、中田切川以北と区別している[30]

諸家による区画・区分・分類案 

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方言区画論 

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馬瀬良雄による方言区画[3]
区画 地域
中信方言圏 辰野町、箕輪町、南箕輪村、伊那市、宮田村、駒ヶ根市東伊那・中沢
南信方言圏 駒ヶ根市赤穂、飯島町、中川村
福沢武一による方言区画(第1次) [9]
区画 地域 備考
東国方言圏 辰野町、箕輪町、南箕輪村、伊那市、宮田村 宮田村も広くは接触地帯に位置づけられる
東西方言接触地帯 駒ヶ根市東伊那
西国方言圏 駒ヶ根市赤穂・中沢、飯島町、中川村 駒ヶ根市中沢も広くは接触地帯に位置づけられる
福沢武一による方言区画(第2次) [24][4]
区画 地域 備考
上伊那北部方言 辰野町、箕輪町、南箕輪村、伊那市
北部・南部接触地帯 宮田村、駒ヶ根市東伊那・中沢 伊那市西春近南部もこれに準ずる
上伊那南部方言 駒ヶ根市赤穂、飯島町、中川村
畑美義による方言区画
地形、政治的区画、同一語の比較的多く用いられている地域などを勘案しての区画であるという[8]
大区画 地域 小区画・地域 備考・特徴
東部方言圏 太田切川-分杭峠以北
辰野町小野・川島 東筑摩方言の流入があり、共通点を持っている。
辰野町辰野・朝日 諏訪方言の流入があり、共通点を持っている。
箕輪町
南箕輪村
伊那市西箕輪・手良・伊那・美篶
伊那市西春近・東春近・富県
宮田村
駒ヶ根市東伊那・中沢
宮田村及び駒ヶ根市東伊那・中沢は東西方言の混合地帯にあたる。
伊那市高遠町 諏訪方言の流入があり、共通点を持っている。
伊那市長谷
西部方言圏 太田切川-分杭峠以南
駒ヶ根市赤穂
飯島町
中川村
風越亭半生による方言区画

風越亭半生は、◯◯弁という呼び名についても行政区画ではなく言語自体の相違によって呼び表すべきであるとの立場をとり、馬瀬、福沢、畑らの区画を参考に以下のように定義した[10]

区画 地域
伊那弁 辰野町、箕輪町、南箕輪村、伊那市、宮田村、駒ヶ根市東伊那・中沢
飯田弁 駒ヶ根市赤穂、飯島町、中川村、(および下伊那地域)
青木千代吉による音韻の方言区画[28]
区画 地域
中信方言圏 辰野町、箕輪町、南箕輪村、伊那市、宮田村、駒ヶ根市
南信方言圏 飯島町、中川村

便宜的な区分例 

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以下4つは厳密な意味での方言区画というよりは、方言的特徴や方言意識によっておおまかに分けようとしたものであると考えられる。

馬瀬良雄による区分[5]
区画 地域
北部 辰野町
中部 箕輪町、南箕輪村、伊那市(旧高遠町、旧長谷村除く)、宮田村
東部 旧高遠町、旧長谷村
南部 駒ヶ根市、飯島町、中川村
福沢武一による区分[4]
区画 地域
北部 辰野町、箕輪町、南箕輪村
中部 伊那市(旧高遠町、旧長谷村除く)
東部 旧高遠町、旧長谷村
南部 宮田村、駒ヶ根市、飯島町、中川村
竹入弘元による区分[31]
区画 地域 特徴
北部 辰野町、箕輪町 ソードー、ダメドーと言ったように「…だよ」の意味で「…ドー」を用いるのが特徴である。
中部 南箕輪村、伊那市、宮田村 イカッシ、シラッシ、ヤラッシ、座ラッシ等「…なさい」に「…(ラ)ッシ」を用いるのが特徴。
南部 駒ヶ根市、飯島町、中川村 「いらっしゃい」を「オイナ」、「そうですか」を「ソーケー」、「行ってみませんか」を「イッテミンケ」などと言い、居るを「オル」、勧誘に「…マイ、…マイカ」を用いるのが特徴。また、高年層ではことばの終わりに「…ナム」、「…ナー」をつけるのが特徴である。
南向村誌による区分[29]
区画 地域
諏訪・上伊那方言圏 辰野町、箕輪町、南箕輪村、伊那市、宮田村、駒ヶ根市
下伊那方言圏 飯島町、中川村

東西方言の対立と上伊那地域の方言 

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上伊那地域の方言は東西方言の両特徴が混在する方言であり、北部では東日本方言的特徴が濃いが、南部では西日本方言的特徴が増加し、基準の取り方にもよるが概ね両特徴が拮抗するという見方がある。また遷移的な地域でもある[5]

東西方言の等語線は概ね糸魚川から浜名湖にかけて集まっているものが多いが、太平洋側ではその等語線が大きく分散し、長野県南部や静岡県西部にも西日本方言的なものが多く入り込んでいたり、反対に愛知県岐阜県にも東日本方言的なものが入り込んでいたりするため、この辺り一体が境界帯となっており、上伊那地域はその境界帯の東端の一部でもある[32] [5]

では、上伊那地域の方言の分類や系統、また方言の根本的な性質などについてはどのように考えられているか。多くの場合、東日本方言に含まれるとされる場合が多いが、少数派の学説として「太田切川東西方言境界線説」が存在する。

以下では諸家による方言区画論と東西方言境界線の引き方について紹介し、さらに文法、語彙、アクセント・音韻に分けて詳しく述べる。

諸家による方言区画理論と東西方言境界線の引き方 

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方言区画にはさまざまなものが提案されているが、ここでは、総合的な区画案について紹介する。

当然ながら、方言のさまざまな要素の境界線や等語線などは必ずしも一致しない場合が多く、それらを総合して境界線を引いていくことは簡単な作業ではない。

東西文法・語彙の等語線の集まる糸魚川-浜名湖線をさらに西に進み岐阜県・愛知県の西境付近まで行くと、今度は東西アクセントの大境界がある(ただし、アクセントは中国地方以西で再び東京式アクセントとなる地域が多い)。柴田武によれば、前者を「個々の俚言現象」、後者を「体系」と言い換えることができるという。両者は元来全く異質なものであり、中部地方の一体性を重視する場合、体系によって全体をひとまとめにし東日本方言に所属させる場合もあるが、方言の分布を重視した学説では、糸魚川-浜名湖線のあたりに東西方言の境界線を構想していく傾向が強く、細かく見た場合上伊那地域も問題となる地域である。その他、学者個人の言語観や方言区画理論によって構想は十人十色の状態となっている[33]

これは、そもそも方言区画の定義や目的について、すべての学者で見解が一致しているわけではないためである[33]

以下、諸家による区画案について紹介する。なお、東西方言境界線と関連のない部分はできるだけ省略する。

東条操 

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方言区画論を最初に唱えた東条操は、初期の段階では方言の分布を根拠に、概ね糸魚川-浜名湖に東西方言境界線を想定し、明確に区画することには慎重な姿勢を示しながらも、もし分けるとしたら内陸地域では長野県の北部を東日本方言に、南部を西日本方言に所属させてもよいのではないかという構想を持っていたようである(例としては『日本言語地図』におけるイル/オルの分布に近い)。東条は、南信方言に西日本方言的特徴が多く認められると考えていた。

  • 東西二大方言の発界線は、静岡県と愛知県を南北に走っているが、東日本と西日本とは、日本アルプスと天竜川で分かれ、北の境界は富山と新潟におき、中間の長野は北と南に分かれる(1931年)[34]
  • 西日本方言と東日本方言との境界線は、越後越中北信南信遠江三河の間を通って引かれるということが今では大体承認されている(1933年)[35]
  • 従来、新潟県の親不知、長野県の鳥居峠、静岡県の浜名湖を連ねる線が東西方言の境界線をして認められていた(1954年)[36]

このような影響により長野県の研究者の間では県の南部に東西方言の境界線が走っていることを前提に研究が進められていき、畑美義福沢武一は調査・研究の結果、太田切川分杭峠以南の地域を岐阜・愛知方言らとともに西日本方言に区画すべきと主張した。太田切川付近も、東西方言の等語線が比較的よく集まるポイントの一つとなっているためである(ただし、駒ヶ根市東伊那及び中沢地域の所属に関しては見解が分かれている。また福沢はのちにその主張は撤回している[4][8][9])。

これは、従来から東西方言の境界と言われてきた糸魚川-浜名湖線をより微視的に見たものとして県内の学者から注目され、向山雅重[37][18]市川健夫[19]が支持を表明している。また東条も一定の評価をしているようで、畑美義「上伊那方言集」では冒頭で東条が登場し「東西方言の境界線が太田切川から分杭峠に至る線であると実証するのもこの方言集であろう」と述べている[8]が、自身の区画には取り入れていない。

東条が最終目標とした区画は方言の分裂の順序を推論するというものであり、東条は次第に構造主義的言語観を取り入れ、言語をひとつの閉鎖的組織体と考えるようになる[38]。そこで、必ずしもまとまりを見せない個々の俚言現象の分布や等語線よりも、アクセントといったような言語の体系部分といえるものを基準に大方言区画から次第に小方言へと分割して行く方法を用い、中部地方の区画では長野・山梨(郡内除く)・静岡と岐阜・愛知(さらに新潟県の一部)を合わせた東海東山方言で一区とみた。そして、全体の所属としては特にアクセントを重視して東日本方言におさめている。なお東海東山方言内における南信の位置付けについては、以下のようにやや優柔不断な記述が見られるものの、最終的には東海東山方言で一つの組織と見てそれ以上明確に細分している記述は見られない(ただし解釈は分かれる)[38][39][33]

  • 東海東山方言を静岡・山梨・北信・新潟(いずれも関東的色彩が濃いという)と、南信・岐阜・愛知(近畿的なものもあるという)で少し区別し、後者を東西方言中間地帯と見る(1951年)[40]
  • 大体、長野・山梨・静岡、岐阜・愛知、新潟の3つに分けられるが、長野の南信は岐阜・愛知に近いとする(地図では長野山梨静岡と岐阜愛知の間には境界線は引いていない。ただし、加藤正信徳川宗賢はこれをナヤシ/ギアにもさらに分けられるものと解釈し、後年、東条の区画に線を加えている)(1954年)[36][38][32]
  • 東西方言の境界は、概ね親不知-浜名湖線であるが、一つの線できっぱり東西の方言を分けることは無理であり、東海東山方言を二分して一方を東部方言に、一方を西部方言に入れるのもまた無理のある考えである(1956年)[41]

なお後年、例えば愛知県尾張方言が東日本方言に属するならば、それ以上に東日本方言的特徴の濃い島根県出雲方言が西日本方言に属することと矛盾するのではないかという見解もあったが、柴田武によれば東条の区画はそういうものではなく、「言語体系の違いによって分割した地域」であり、分布論とは異なるという[33]。すなわち、東条の区画においては東西の区画と東西方言の分布に関して必ずしも一致する必要はない。

方言区画論においてこのような立場の学者を構造派もしくは方言区画派などと呼ぶ[38][33]

  • 平山輝男は、「東条の区画はほぼ妥当である」と述べたうえで自身の区画を発表しているが、東西方言の分け方についてもほとんど同じ構想と見られる[42][43]。また馬瀬良雄によれば、平山は共時態としての区画図の上に通時論的な系譜の推定を試みることで、東条の理論をさらに補強し、この理論に基けば分布として見ても出雲方言が西日本方言に属することに問題は起こらないとした[44]
  • 楳垣実馬瀬良雄は、東条のような体系の比較による区画設定法では、アクセントの体系は明らかであっても文法や語彙などの体系部分は明らかでないまま区画をしようとしたことについて問題視しており、方言文法や語彙の体系が明らかになった場合、構造派の区画においても東西の所属が動く可能性はある[44][33]。なお金田一春彦は文法や語彙の体系の根幹部分もアクセントの境界と一致するのではないかと主張しているが、金田一の考えにも疑問点は指摘されており絶対的な結論は出ていない[33][45]
  • 藤原与一の方言分派の考え方も東条方言学を発展的に継承する理論とされ、多少異なる概念ではあるが、方言の系統を考えたものとして岐阜・愛知方言までを東日本方言としてまとめて見ている[33]
  • 後年の文献では、より簡潔に関東関西の対立をそのまま東西対立として扱っているものも多いが、東条のように方言の系統を考え、隣接地域の比較によって方言を分割していく立場としては特に問題はない。一例としては以下のものがそうであるが、その場合、上伊那地域の方言など長野県南部の方言は東西の所属としてはあまり問題にはされず、東京式アクセントでありながら文法などでは西日本方言的特徴も多く持つとされる岐阜・愛知方言の方がよく話題に上がることが多い(ただし、語彙、語法等に関しては何を持って東西対立の指標とするかなどの基準の取り方も学者によって分かれる)。
    • 愛知県方言(尾張弁名古屋方言知多弁三河方言)は語法・語彙は近畿的、アクセントは関東的、音韻は中間的だが、アクセントが変化しにくく、語彙や語法の変化が甚しいことから、漸次東日本方言へとはっきり傾斜する(芥子川律治[46]
    • 岐阜県方言(美濃方言飛騨方言)は、アクセントでは東日本的、音韻・語法・語彙では両特徴が混在するが一概に所属は決めかねる(加藤毅[46]

都竹通年雄 

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都竹通年雄は、区画の根拠となる音韻上、文法上の言語現象を明示し、それらの等語線を重ね合わせる手法を用いて方言を区画し、新潟・長野・静岡と富山・岐阜・愛知の県境を持って東西方言の境界線としている。このような手法による立場を、重ね合わせ派、もしくは方言圏派などと呼ぶ[38][33]。都竹の区画は、東条のものと比べるとより純粋に言語自体の相違を尺度としようとしたものであると言われることもある[32]が、中部地方において太平洋側で大きく分散した東西方言の等語線を県境でまとめるような処理については、大岩正仲が次のように解説する[35]

幾つかの言語事象の各境界線が皆それなりに段階的に東西を区切ってはいても、集まって一線となることなく謂わゆる束状に地帯をなしているのであって、幾つかの小段階が二階と下とを結ぶ階段のように東西両方言をつないでいるわけである。中間のおどり場のような県境に一線を引いてこれを区画するのであるから、境界線の両側が相似ているのも当然である。

また飯豊毅一も、等語線によって引いた境界線の両側の方言について次のように述べる[33]

ちょうどスペクトルの黄と緑との境界に印をつけることができないようにそれが困難であることもあろう。それは一つ一つの等語線にそのような傾向の見えるものもあろうし、一つ一つの等語線ははっきりしていても多くの等語線を一括して見たときにそのような傾向の見えることもあろう。そのような場合A方言、B方言の中心部の違いを考慮に入れて、二つの地域の中間に操作的に境界線を引くことはあり得る。このような場合、境界線の両側に近接している二地点の方言は極めて類似しているのが普通である。

東西方言境界線という最も上位の境界がこのような処理になることについて問題視する見解もあったが、都竹は後年、大岩正仲の語彙による区画案を参考に、長野・山梨・静岡と岐阜・愛知は互いに辺境的現象のある隣りどうしであるから共通する単語も多いだろうと付け加えているが、中部地方の方言区画は最も難しいと述べている[33]

さまざまな考え方 

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  • 奥村三雄は都竹同様、言語自体の相違を尺度とした等語線の重ね合わせ手法に量と質の原則を立て、等語線の重要度を判定し大区画から漸次小区分に区画していく方法を用いた。「隣接地同士の方言比較を重視した境界線主義」[47]、という点では東条の方法とも似ており、東西方言の境界線について「まず全体を東日本と西日本に分ける場合、その大きな境界を愛知県三河方言と静岡県遠州方言の間に引くにしては両地域の共通性が多く、認められない」と主張、体系的な現象を重視することで東条とほぼ同じ岐阜愛知方言の西側に境界線を引くのがいいのではないかとした。奥村は構造主義ではない[38]ため、東海東山方言を一つの組織体として見ているわけではない。奥村はさらにこれを、西半分の岐阜・愛知・西静岡方言と、東半分の長野、山梨、東静岡に分けるが、上伊那地域の方言は東半分に区画される[48][33]
  • 大岩正仲は、語彙による区画のほか総合的方言区画論についても度々論じてきた方言圏派の学者で、大岩の区画論では言語体系の分類という立場(芳賀綏の見解)をとり、隣接地の比較だけではなくて言語自体の相違による、分布領域的な区画を構想したという。東西方言の観点からも、以下のように主張している[33]
西日本方言とされる地域の中にも東日本方言色の強い方言があれば、東日本方言として認めなければならない。

大岩は東西対立の観点からは多く論じており、また以下のようにも述べる[33]

東西両方言という大方言をまず区面する以上は、東西両域の方言はどこをとっても相互に相違し・内部の方はどこでも似ていなければならず、境界線の両側の接近した地域がよく似ていて区画された地域内でも遠く離れた地域との差異の方が大きくなるようでは理屈が合わないのではないか。

大岩はこれによって方言区画を完全に否定したわけではないが、区画は網の目のようになってしまい一本の線で区画しようとするところには無理があると主張。しかし枚挙的に方言を分類することは可能であり、国内に幾つかの中心的方言を求め、それから相互の関係交渉を究明することで方言研究は立派に達成できるとした。そして別箇別系列の相違を重視することで、日本の方言は打ち消しの「ン」と「ナイ」によって東西2つの言語団に分けられるとし、中間は緩衝地帯とした。これに従えば概ね太田切川以南の「ン」専用地域は西日本方言に、宮田以北の併用地域は緩衝地帯に属することになる。なお大岩は系統論を否定しており[49]、系統を推論したようなものではない[33]

  • 金田一春彦は、体系を比較する方法を用いて方言区画を立てることに挑戦したが、今まであまり論じられて来なかった音韻や文法、語彙の体系、根幹部について言及し、それらの多くはアクセントの境界と一致するのではないかと持論を展開した(ただこれにはさまざまな意見がある[50]。また金田一の区画は言語分類の立場であり、地域的に不連統でも同じ言語体系であれば同じ方言として分類している点に特徴がある。金田一の結論としては、言語の根幹に関わるような重要な境界線は、日本を二分するような東西対立とは関係がなく、文法による東西対立も認めるが大きな境界線とは見られないとして、新潟・長野・静岡と富山・岐阜・新潟の県境に小さな境界線を引いている(なお東西対立をどの程度重視するかについては言語観の相違によっても変わるものである)この辺りの処理に関しては都竹の最終案とも似るが、より根幹部のみを比較しようとした金田一案では、長野山梨静岡から西関東までを「東日本中輪方言」として一つにまとめており、次いで岐阜・愛知方言中国方言などの「西日本中輪方言」が近いものと見ている点長野県方言や上伊那の方言の位置付けについても注目される[32][38][33]

文法 

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上伊那地域北部では東日本方言的特徴も多いが西日本方言的特徴も見られ、南部では両特徴がほぼ拮抗するという見方が強い[5]

ただし、どこまでを東西対立の指標とし、どのように基準を取るかで判定が変わってくる場合がある。厳密な意味で東西2大対立型分布と言えるものは少ないためである[51]

文法による方言区画には、井上史雄のものがあり、井上は計量的手法を用いて方言を分類した。その結果南信では、数値上西日本方言的な特徴の方がわずかに上回ったが、小さい値であったためとりあえず県境に合わせて東日本方言に所属させたという。ただし井上は中東部(ナヤシ、越後)と中西部(ギア、北陸)のように分け、東西方言境界線を挟んだ両地域の共通性についても認めている[52]

東西文法の指標 

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文法による東西対立の指標として、橋本進吉牛山初男は以下の5項目をその指標と見ているという。

西日本 東日本
一段活用動詞命令形 …ヨ、…ー …ロ
動詞否定 …ン …ナイ
ワ行五段活用動詞ウ音便 ×
形容詞ウ音便 ×
指定助動詞 …ジャ、…ヤ …ダ

牛山はそれら5項目の分布を詳しく調査し、太平洋側で大きく展開した等語線を一つにまとめて一線を画すことは困難であるが、さらに「…ヘン」「…ヤス」「…コトナイ?」といったような近畿方言の分布についても加えてみると、長野県では上伊那中部以南でやや近畿的なところもあるが岐阜愛知方言と比べると少なく、総合的に照らし合わせれば新潟・長野・静岡と富山・岐阜・愛知の県境をもって文法上の東西方言境界線としてもよいのではないかと主張した[53]

これは長野県全域を文法上の東日本方言に含んで良いとする積極的な見解であるが、牛山が方言区画論においてどのような立場であるかは不明であり、例えば中国方言など非近畿的とされる西日本方言との整合性についても特に検討はされていない点は、念頭に置かなければならない。

都竹通年雄岩井隆盛は以下の7項目を指標として挙げている[46]

西日本 東日本
一段活用動詞命令形 …ー、…ョ …ロ
動詞否定 …ン、…ヘン …ナイ
動作存在態 …トル、…チョル …テル
ワ行五段活用動詞ウ音便 ×
形容詞ウ音便 ×
指定助動詞 …ジャ、…ヤ …ダ
サ行五段活用動詞イ音便 ×

馬瀬良雄は以下の10項目を取り上げたことがあり、これらの上伊那地域における分布についても綿密な臨地調査を元に科学的な研究を行っている。

  • (1)行カン/行カナイ(行カネー)
    • 否定に「ン」を用いるか「ナイ」を用いるかの対立である
  • (2)行カナンダ/行カナカッタ
    • 過去否定に「ナンダ」を用いるか「ナカッタ」を用いるかの対立である
  • (3)行カネバ(行カニャー)/行カナケレバ(行カナケリャ、行カナキャ)
    • 否定の順接仮定条件に「ネバ」を用いるか「ナケレバ」を用いるかの対立である
  • (4)コレジャ、コレヤ/コレダ
    • 断定の助動詞に「ジャ・ヤ」を用いるか「ダ」を用いるかの対立である
  • (5)オル/イル
    • …ットル/…ッテルともオーバーラップする
  • (6)起キヨ(起キョー)、起キー/起キロ
    • 一段型動詞の命令形に「ヨ・ー」を用いるか「ロ」を用いるかの対立である
  • (7)コータ/買ッタ
    • ワ行五段活用動詞の連用形がウ音便をとるか促音便をとるかの対立である
  • (8)出イタ/出シタ
  • (9)シローナル/白クナル
    • 形容詞の連用形がウ音便をとるかとらないかの対立である
  • (10)継続態と結果態の区別有り/区別無し

なお馬瀬自身常識的な線を押さえて以上の項目を挙げたというが、後年の研究ではオル/イルは文法というよりも語彙的に東西を分かつ指標であるとして省略したこともあり(このように、オル/イルは東西対立の指標としては重要であるが、それが文法上のものであるかについて学者によって意見が分かれる部分である)、そのかわりに次のような対立の指標も挙げることができると述べた。

  • (11)(回想的過去)「…タッタ」「…タッケ」の不使用/使用
  • (12)(打ち消しの逆接仮定条件。具体的な対立は記述されていないが、「…ンデモ/…ナクテモ」が考えられる。日本文法地図第4集第157図を参照。馬瀬によれば打ち消しに関する項目が多くなりすぎるため省略したという。)

以上の項目の上伊那地域における分布状況については、次のような調査結果となったという。

  • (1)馬瀬良雄らによって1960年代末から1970年代前半にかけて行われた臨地調査(上伊那郡誌 民族編 下 言語地図)では、以下のような分布となっている。
「行かない」と言うとき何と言うか[5]
地域 行かない
イカネー[54] イカネー
イカン
イカン
辰野町小野・川島 7 0 0
辰野町辰野・朝日 9 3 0
箕輪町 12 1 0
南箕輪村 4 1 0
伊那市
(旧高遠町・長谷村除く)
14 19 4
旧高遠町 10 10 1
旧長谷村 1 12 4
宮田村 0 3 4
駒ヶ根市中沢・東伊那 0 7 6
駒ヶ根市赤穂 0 3 5
飯島町 0 1 11
中川村 1 2 14
「上伊那郡誌 民俗編 下」では、「起きない」についても調査されている。その分布は「行かない」と似ているものの、伊那市、宮田村以北では「ネー」が、駒ヶ根市以南では「ン」の割合が増えるなどよりはっきりした分布となっており、語によっても多少異なる点について注意されたい。また臨地調査ではインフォーマントには基本的に男性が選ばれているが、藪原繁里は男性より女性の方が「ン」を使う傾向がありはしないかと述べており、その点にも注意が必要である。また記述的研究における調査地点4地点による使用意識は以下の通りであった[5]
  • 辰野町小野:ネーまたはネを多く使い、ンはあまり使わない。
  • 伊那市富県:ネーもンも昔から使う。使用頻度も丁寧さも同程度だが、ネーの方が多少多く、かつ古いのではないかと言う。
  • 伊那市長谷非持山:ネーとンが同程度に使われる。
  • 中川村片桐:ンを使う。ナイは標準語。
1983年の『宮田村誌 下巻』では以下の2地点が加えられている[55]
  • 宮田村田中:ネーもンもよく用いるが、ンの方が少し丁寧。
  • 駒ヶ根市赤穂:(特にインフォーマントによるコメントはないが、ン専用地域として表に載る)
馬瀬は自身の研究結果を「…ン」を用いる地域を−、「…ネー」を用いる地域を+、両者を併用する地域を±として以下のようにまとめた。
辰野町小野 +
伊那市富県 ±
伊那市長谷非持山 ±
宮田村田中 ±
駒ヶ根市赤穂
中川村片桐
    • さらに馬瀬は『長野県史 方言編』で調査結果を総合的に考察したうえで「伊那市以北はその基底方言は「…ネー」であるとみてよい」と主張している。
    • またその後大西拓一郎によって2010年から2015年にかけて行われた調査(長野県伊那諏訪地方言語地図)では、以下のような分布となっており、馬瀬のよる40年前の調査と比較してほぼ同じ分布であると大西は分析した。
「行かない」と言うとき何と言うか[12]
地域 行かない
イカネー[56] イカネー
イカン
イカン
辰野町小野・川島 4 0 0
辰野町辰野・朝日 16 6 0
箕輪町 8 1 1
南箕輪村 3 1 0
伊那市
(旧高遠町・長谷村除く)
18 8 1
旧高遠町 7 6 5
旧長谷村 2 4 4
宮田村 5 1 0
駒ヶ根市中沢・東伊那 2 1 3
駒ヶ根市赤穂 1 2 2
飯島町 2 0 6
中川村 2 2 5
  • (2)「イカナンダ」を用いる(西日本方言的)[5]
  • (3) 全域で「イカネバ(イカニャー)」が用いられている(西日本方言的)が、伊那市以北では「イカナケレバ(イカナケリャ、イカナキャ等)」と混用されている[55][5]
  • (4) 「コレダ」を用いる(東日本方言的)[5]
  • (5) 1960年代末から1970年代前半にかけて行われた調査(上伊那郡誌 民族編 下)では、以下のような分布となっており、北部ではイル、南部ではオルが主に用いられている。伊那市以北ではイルが一般的であるが、「イルは昔から使い、最近はオルも使われるようになった」と言ったような情報もあったという[5]
「居る」[5]
地域 居る
イル[57] イル
オル
オル[58]
辰野町小野・川島 7 0 0
辰野町辰野・朝日 10 2 0
箕輪町 13 0 0
南箕輪村 5 0 0
伊那市
(旧高遠町・長谷村除く)
34 2 1
旧高遠町 20 1 0
旧長谷村 17 0 0
宮田村 0 3 4
駒ヶ根市中沢・東伊那 1 4 8
駒ヶ根市赤穂 0 1 7
飯島町 0 0 12
中川村 0 2 15

その後大西によって2010年から2015年にかけて行われた調査(長野県伊那諏訪地方言語地図)では、以下のような分布となっており、大西は、「上伊那北部や旧高遠町でもオルが使われるようになった」と分析した。

「居る」[12]
地域 居る
イル イル
オル
オル
辰野町小野・川島 2 2 0
辰野町辰野・朝日 19 3 0
箕輪町 9 1 0
南箕輪村 2 2 0
伊那市
(旧高遠町・長谷村除く)
20 7 0
旧高遠町 14 4 0
旧長谷村 10 1 0
宮田村 2 0 4
駒ヶ根市中沢・東伊那 0 1 5
駒ヶ根市赤穂 0 0 4
飯島町 0 3 5
中川村 1 2 6
  • (6)「起きる」「見る」など一段型動詞の命令形の多くは、以下の表に示すような分布となっており、ほとんどの地域で「…ロ」となるが、南端部で「…ヨ」「…ョー」も用いられるようになり、下伊那と接する最南端では形勢が逆転する。
「起きろ」と言うとき何と言うか[5]
地域 起きろ
オキロ オキロ
オキョ(ー)
オキヨ
オキョ(ー)
オキヨ
辰野町小野・川島 7 0 0
辰野町辰野・朝日 12 0 0
箕輪町 13 0 0
南箕輪村 5 0 0
伊那市
(旧高遠町・長谷村除く)
37 0 0
旧高遠町 21 0 0
旧長谷村 17 0 0
宮田村 7 0 0
駒ヶ根市東伊那 3 0 0
駒ヶ根市中沢 8 2 0
駒ヶ根市赤穂 8 0 0
飯島町 10 1 1
中川村南向 5 4 3
中川村片桐 1 1 3
(参考)松川町 0 0 13

ただし、「見せる」「貸せる」「くれる」など、ほぼ全域で「…ヨ」となるものもある[5]

  • (7)「買ッタ」を用いる(東日本方言的)[5]
  • (8)全域がイ音便で占められる(西日本方言的)が、衰退しており、現在では非音便が多い。もっとも西日本各地で非音便が多くなってきているため、東西対立の指標として扱うには異論もあるというが、元々東日本にはないものだという[5][12]
  • (9)ウ音便はごく限られた語において行われ、「白く」「赤く」など多くの語は「シロー」、「アコー」と言ったようなウ音便を取らないが、太田切川以南の地域で、語によってウ音便を取ることが若干増える(概ね東日本方言的)[5]

いま、「良く来た」を例にとれば、駒ヶ根市以南の地域で半数以上がウ音便形「ヨー来た」を使うと報告している。

「良く来た」と言うとき何と言うか[5]
地域 良く来た
ヨク来た
しか使わない
ヨー来た
を使う
辰野町小野・川島 7 0
辰野町辰野・朝日 12 0
箕輪町 12 1
南箕輪村 3 2
伊那市
(旧高遠町・長谷村除く)
30 7
旧高遠町 19 2
旧長谷村 15 2
宮田村 5 2
駒ヶ根市中沢・東伊那 1 12
駒ヶ根市赤穂 4 4
飯島町 2 10
中川村 7 10
  • (10)区別を持たない(東日本方言的)[5]
  • (11)老年層で「…タッタ」、若年層で「…タッケ」が用いられる(東日本方言的)[5]
  • (12)「…ンデモ」「…ナンデモ」「…デモ」「…ドモ」などが用いられる(西日本方言的)[5]

馬瀬はこれらの結果を踏まえ、上伊那北部では東日本方言的特徴が比較的色濃いが、上伊那南部(から下伊那にかけて)では文法的には西日本方言的特徴の方ががわずかに上回るのではないかと考察した[5][13]。また、文法における東西方言の境界線のいくつかが上伊那地域の太田切川-分杭峠線にかなり近いところを通っていることも明らかになった[5][13]

以上のように、通常はまず東西対立の指標となりうる項目をいくつか選び、それがある地域においてどのように行われているか、当てはまる数の多少などを考慮しながら、西日本方言的か、または東日本方言的かなどの度合いを判定するというのが一般的である。

なお馬瀬良雄によると、今まで文法上の東西方言対立の指標として挙げられてきたものの言語的特徴を見ると、母音をていねいに発音するか(西)、子音をていねいに発音するか(東) の音声的性質に還元されるものが極めて多いという。例えば「シロー/白ク」、「落トイタ/落トシタ」、「コータ/買ッタ」、「ジャ・ヤ/ダ」、「ヨ・ー/ロ」などは、元々同一の語形であったものがそのような音韻上の性質の違いによって変化を遂げたものであると説明することができ、馬瀬によれば、初め子音性優位の方言が日本一円を覆っていたところに近畿を中心に母音性優位の方言が起こり、それによって変化を起こした語形はほぼ西日本一帯にくまなく広まっているように見えるものがいくつかあるが、より厳密に見ると山陰九州の一部などに、東日本方言に共通する特徴が残っていたりするという[51]。このようなことから、馬瀬は音韻上の東西対立についても詳しく論じている。それについては音韻の項で述べる。

ところで、打ち消しの「ン/ナイ」だけはそのような原則から説明することができない。また語源が遠いと思われ、古く万葉時代の「ヌ/ナフ」まで遡る可能性が高いことから、別系列の相違を重視した大岩正仲は、ナイを使う方言を東日本方言に、ンを使う方言を西日本方言と見ても良いのではないかと述べている[33]

また「ン/ナイ」は唯一完璧な東西対立型分布をなしている点でも注目される。

東西文法と文法体系 

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以上では、東西文法の違いをその一つ一つの特徴によって述べてきたが、では東西文法の体系を比較するとどうなるか。馬瀬良雄は、文法を体系によって区画しようとする場合、その体系部分は明らかでないため難しいのではないかという[44]。一方で金田一春彦は、文法の体系部分について積極的に解明しようとしたが、その結果、従来東西対立とされてきたものは文法の体系部分とはあまり関係がなさそうで、東西両方言の文法体系は比較的似ているのではないかという。ただし以下のものは体系とやや関係がありそうだという[59]

  • 近畿地方を中心とした西日本では否定態に「…ン」「…ヘン(セン)」という2つの形をもち、語法に区別がある。関西でいう「書カヘン」は、東京でいう「書キャシナイ」とは意味が違う[59]
    • 上伊那では太田切川以南の地域で「…セン」を使い、牛山初男はこれを近畿方言の分布と見ているが、ただし上伊那地域の方言におけるこれらの用法の違いに関する研究は今のところないためわからない[5]
  • 西日本の大部分では、可能態を「書カレン」「ヨー書カン」のように区別するが、東京をはじめとする東日本では区別する形式を持たない地域が多い。なお九州では「ヨー…ン」の言い方を持たない地域も多いが、体系としては関係がない。九州では「書キキラン」などの形もありさらに複雑化しているという[59]
    • 上伊那地域には「ヨー…ン」という言い方はないが、一般に能力可能と条件可能が区別されており、西日本方言的である。区別の仕方には地域差が見られる[5]
  • 西日本の多くでは、「書キヨル」「書イトル」のように進行態と既然態の区別があるが、東日本にはない[59]
    • 上伊那地域の方言では区別がなく、どちらも「書イテル」(北部)、「書イトル」(南部)のように言い表わす点、東日本方言的である[5]

以上のようなものもあるにはあるが、構文文体といったようなかなり基本的なものから助詞の特殊な用法まで東京大阪では比較的共通点が多く、東西方言の文法体系はあまり変わらないであろうと金田一は考察する[59]

音韻・アクセント

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音韻・アクセントでは、典型的な東西2大対立型と言える分布はない。しかし楳垣実は、東西音韻にも性質上の違いが認められるとして具体的には以下の3点を挙げている。また馬瀬良雄もそれを支持する[13]

  1. 連母音の融合
    • 東日本方言では連母音の融合が一般に盛んであり、西日本でも見られるが、京阪方言では少ない点などを考えると、東日本方言的な特徴と考えてもよいのではないかという[13]。上伊那地域では、[ai]、[ae]→[ee]といったような融合は極めて活発であるが、他の連母音では必ずしも盛んではない。例えば、[ui]は長野県方言では融合して[ii]となる地域が多いが、上伊那方言では融合せず、また[oi][au]は上伊那北部では融合するが南部では融合しないなど、東日本方言的特徴を持つつも漸次西日本方言に傾きつつあるという[5]
  2. 母音の無声化現象
    • 東日本方言では母音無声化が盛んである地域が比較的広く、西日本では九州などを除くと少ない[13]。上伊那地域では母音の無声化は東京と比べると非常に少なく、長野県内では最も少ないものの一つである。それは特に南部へ行くほど顕著であり、西日本方言的ということができる[5]
  3. もともと促音のないところに促音を入れる現象
    • 「空風」→「からっかぜ」のようにもともと促音のないところに促音を入れる現象は西日本にもあることはあるが、東日本に断然多いという。この現象は上伊那地域でも多く認められ、特に北部ほど盛んであり、東日本方言的特徴を持っていると言える。ただし南に下るとやや減じるという[5]。馬瀬良雄は、「おっこわれる」「おっつける」のように促音を含む接続語をともなう動詞についても東日本に多い方言的特徴ではないかと述べいるが、上伊那地域における使用についても空っ風等と同様の傾向が見られる[13]。また「ふんだくる」のような撥音を含む接続語をともなう動詞について、西日本にも見られるが東日本に比較的多い特徴ではないかと推定しており、これは上伊那でも全域的に多く使用される[13]

このような相違の根幹部分は東西文法の性質と全く同じで、母音が子音よりも長く発音される(西)か、子音が母音よりも長く発音される(東)か、という部分に還元できるという。

すなわち、文法では母音優位の性質から変化を起こしたものがほぼ西日本一帯に広がっているパターンが幾つかあるのに対し、音韻ではどの項目もそれほどまでは広がらず(変化を起こさず)、漠然とした東西対立となっているものがあるということである[51]。なお楳垣は、そのさらに根本原因については、談話速度がおそい(西)/談話速度がはやい(東)という部分にたどり着くのではないかと結論づけている[60]

馬瀬は、上記(1)〜(3)の分布に加え実際に聞いた音声の印象なども参照しながら、次のように分析する。

  • 上伊那方言の音韻は、東日本方言的特徴を持ちながら、なお西日本方言的特徴をも併せ持っている[5]
  • 上伊那地域でも北部ほど東日本方言音韻の特徴が顕著で、南下するにつれ西日本方言音韻の特徴が漸増する[5]
    • さらに南下し岐阜県、愛知県と接する長野県西南部では東西音韻の勢力が拮抗する[61][5][13]

なお、次のものも母音優位/子音優位の性質上の違いに由来するとされ、東西対立の指標としてよく取り上げられる[51]

  1. 一音節(一拍)語
    • 長めに発音する(西):短く発音する(東)
    • 上伊那方言では短く発音される[5]
  2. アクセント
    • 京阪式(西):東京式(東)
    • 上伊那方言では東京式を用いる[5]

しかし分布としては近畿/非近畿的な分布となり、近畿方言の西日本一帯への広がりは(1)〜(3)よりもさらに狭い。このような分布から、楳垣実や金田一春彦は概ね、京阪式アクセントが行われていたり、一拍語がキー(木、気)、ヒー(日、火)のように発音される地域を西日本の中心(ないし近畿式方言)、そのような特徴は広がっていないが、ほぼ西日本一帯に広がるような文法的特徴を持っている岐阜・愛知方言中国方言などを、西日本の周辺(ないし非近畿式方言)のように見ているという[33][60]

またそのほか、母音uが西日本では円唇の[u]であるのに対し東日本では平唇の[ɯ]であるのも音韻上の東西対立の指標としてよく取り上げられるが、馬瀬によれば全国における分布もあまりはっきりわからないまま東西対立の指標とされていたといい、子音性優位方言と母音性優位方言の違いに由来するものであるかどうかも馬瀬は特に触れていない。馬瀬によれば上伊那方言では東京よりも平唇の度合いはかなり著しく、上伊那でも南部に行くほどその傾向が強いという[5]

なお母音uの分布については、田原薫によると、概ね近畿方言中国方言四国方言九州方言で円唇の傾向があり、かつ舌が後ろによく引かれる。それ以東の東日本では、平唇でありまた中舌寄りの発音であるという[62]。馬瀬良雄は、上伊那地域の方言では東京方言と比べても平唇の度合いは著しいが、調音は後ろ寄りである点に注意すべきと主張する[5]

また、徳川宗賢による、アクセントの型の統合の系譜の推測を試みた研究のある。徳川は何度か結論を修正しているが、上伊那地域の中輪東京式アクセントについては、東日本アクセント系に属すると見ている見ている[48]

語彙 

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東西語彙の境界も概ね糸魚川から浜名湖にかけて集まるが、長野県南部にも西日本の語形が侵入してきているものがあり[51][63]、それらの勢力が上伊那南部の太田切川あたりで食い止められている例もいくつかあるという[5]。ただ上伊那地域全体としては、文法よりも比較的、東日本方言的特徴が多く見出せるのではないかと思われる。

一方で、語彙は個別的であり、東西対立型だけでなくかなりさまざまな分布の型がある。境界線を引こうとしても網の目のようになりやすく[33]、また東西語彙の特徴・法則性が見出しにくいこと[59]などから、語彙によって東西方言を明確に区画しようとする試みはやや少ない。

語彙による区画に挑戦したものには古くは橘正一のものがあり、それを修正した計算法によって発表されたものには大岩正仲の区画がある。それによれば長野県方言は東部辺境方言とされ、岐阜・愛知以西の西部方言と境を接し、かつそれらとの連続性を強調した区画となっており、枚挙的区画として、中部地方を「中部方言」として一つにまとめ、東西どちらにも含めないという把握の仕方も可能ではないかという[35][33]

また語彙を中心とした区画論で上伊那地域に詳しいものとしては、福沢武一のものがあり、福沢は語彙の分布を中心に(しかし厳密には、語彙以外の要素も総合している)見ながら、太田切川以南を西日本方言に区画すべきとする論文を発表したこともあるが、のちに撤回し、「西日本直系の方言は決定的な数には程遠いが、県内の他地域に比べれば目ぼしい特徴をなしている」「東日本の中の西日本というべきである」と述べた[9][4]

また、五條啓三は『日本言語地図』を利用し、ネットワーク法を用いた方言区画を立てている。それによれば、東北方言園・関東方言圏・北陸方言圏・関西方言圏・九州方言圏の五つがそれぞれ対等な等質性をもって対立しているのではないかという結論に到達したという。長野県方言は関東方言圏に含まれるが、東西2大対立を認めていない点、長野県方言や上伊那地域の方言の所属という意味でも注目すべきである[64][65]

以下では、典型的な東西対立を示す語彙について『日本言語地図』で詳細な分布が確認できるものを取り上げ、上伊那における使用の有無を記載する。このうち上伊那地域に境界線や地域差が認められると考えられるものについては「おる/いる」「からい/しょっぱい」「すい/すっぱい」「やいと/きゅう」「しあさって/やのあさって」などを挙げることができる[4] [66] [5]。「おとつい/おととい」「つゆ/にゅーばい」等は全域的に混在しているが、上伊那内での明確な地域差を見出すことは難しい[66] 。なお、境界線が京都よりも西にあったり、あるいは東京よりも東にあるような対立も東西対立として扱っている文献があるがここでは省略した。また、玄孫や明々々後日など、日常的にほとんど使われず無回答としている地点の多いものも省いた。

西日本方言 上伊那での使用 共通語 東日本方言 上伊那での使用 備考
あかい 明るい[32] あかるい 境界線は上伊那よりもかなり西を通っておりこの語では完全に東の陣営に属する[66]
あぜ あぜ[63][67] くろ 境界線は上伊那よりもかなり東を通っておりこの語では完全に西の陣営に属する[66]
おる
(南部に多い)
居る[32][63][67] いる
(北部に多い)
この項目は概ね糸魚川浜名湖線で分かれるが長野県南部のみ西の勢力がえぐるように侵入してきている点に特徴があり、その境界線は上伊那中部を明確に通っている[68][66]
うろこ [63][67] こけら 境界線は上伊那よりも少し西を通っておりこの語では東の陣営に属する[66]
こっとい 牡牛[67] おとこうし
おとこべこ
境界線は上伊那よりも少し西を通っておりこの語では東の陣営に属する。なお、境界線付近では「おうし」「おす」類もかなり分布しており、他の項目と比べるとあまりはっきりと分かれない対立である[66]
おとつい 一昨日[32] おととい この対立では上伊那も概ね境界線上に位置すると思われ、混用されている。なお、接触地域では混用地帯が広く、他の項目と比べるとあまりはっきり分かれない対立である。また、おとといは上伊那では「おっとい」となる場合もある[66] [4][69]
おう おんぶする[63][67] おぶう 境界線は上伊那よりもかなり西を通っておりこの語では完全に東の陣営に属する。なお、上伊那ではうぶう、うんぶーの形で用いられることが多い[69] [66]
かる 借りる[32][63][67] かりる 境界線は上伊那よりもかなり西を通っておりこの語では完全に東の陣営に属する[66]
やいと
(南部)
[67] きゅう やいと類は西日本にしかないが、きゅう類は東日本を覆うほかに西日本各地にもかなり入り込んでおり、厳密にはやいと、きゅう/きゅうと言った対立となる。上伊那ではきゅうを全域的に用いるが、西日本方言のやいと類が連母音融合形のえーととして上伊那南部に入り込んできており東限の一つである[66][69]
べにさしゆび等 薬指[32][63][67] くすりゆび べにさしゆび類はほぼ西日本にしかない(例外あり)が、くすりゆび類は東日本を覆うほかに西日本各地にかなり入り込んでおり、厳密にはべにさしゆび、くすりゆび/くすりゆびと言った対立となる。西日本方言のべにさしゆび類は下伊那中部まで入り込んできているが、上伊那までは若干の距離がある。なお、駒ヶ根市中沢においてべにさしゆびを報告した地点が1地点だけあったが分布しているとまでは言えない[68] [66]
けむり [32][63][67] けむ この項目ではほぼ糸魚川浜名湖線で分かれるが木曽から下伊那中北部にかけてけむりを使う地点が多いため長野県南部のみ西の勢力がえぐるように境界線を想定する学者もいる(ただし下伊那南部では再びけむが多い)が、上伊那では全域的にけむ、けぶ、けも等が用いられており、東日本語形の一つの西限と言える[51] [4][69]
しあさって 明々後日[32][63][67] やのあさって
(辰野町小野のみ)
この項目ではその境界線は上伊那北部の辰野町内を明確に通っている。辰野町小野のみ東日本語形のやのあさってを用いるが、上伊那の大部分ではしのあさって、しがさって等西日本の語形が用いられる[66] [4]
からい 塩辛い[32][63][67] しょっぱい
(伊那市以北?)
この項目ではほぼ糸魚川浜名湖線で分かれると考えられることが多く、木曽から下伊那中北部にかけてからいのみを使う地点が多いため長野県南部のみ西の勢力がえぐるように境界線を想定する学者もいる[70]が、上伊那中北部ではからい、しょっぱいの両形を併用する。上伊那南部に関しては調査がされていないため不明だが、しょっぱいの連母音融合形「しょっぺー」が伊那市以北のみで用いられる点を考えると、上伊那南部から下伊那中北部にかけてはからいのみを用いる可能性が示唆され、その場合上伊那地域を東西の境界線が通っているとも言える[66] [4]
すい 酸っぱい[32][63][67] すっぱい
(北部)
西日本方言のすいは全域的に広く用いるが、概ね箕輪町あたりから北ではすっぱいと併用されている。この項目では接触地域では混用地帯も比較的広いが、上伊那北部もその混用地帯に含めることができる[66]
おう 背負う[63][67] しょう 境界線は上伊那よりもかなり西を通っておりこの語では完全に東の陣営に属する[66]
つゆ
ついり
梅雨[67] にゅーばい にゅーばい類はほぼ東日本にしかないが、つゆ類は西日本を覆うほかに東日本各地にかなり入り込んでおり、厳密にはつゆ/にゅーばい、つゆと言った対立となる。上伊那では全域的に両形とも用いられているが、東日本方言のにゅーばいはもっと西の岐阜県や愛知県にも連続して分布していることを考えると、東の陣営に属すると考えることもできる[66]
なすび 茄子[32][63][67] なす 境界線は上伊那よりも少し西を通っておりこの語では東の陣営に属する[66]
なぬか 七日[32][63][67] なのか 境界線は上伊那よりも少し西を通っておりこの語では東の陣営に属する[66]
ぬか [67] こぬか 境界線は上伊那よりもかなり西を通っておりこの語では完全に東の陣営に属する。ただし、関東地方にぬかが、九州地方にこぬかがかなり分布しているなど、他の項目と比べるとあまりはっきり分かれない対立である[66]
ひまご 曽孫[32][63][67] ひこ 境界線は上伊那よりもかなり西を通っておりこの語では基本的に東の陣営に属すると考えられる(上伊那では一般的にひこまごを用いるが、これはひこ類としてカウントされている)ただし、箕輪の方言ではひまごも載せており、この地域で全く用いられないということはないようである[71][66]

単純/複雑型の対立

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東西対立分布の一種と言えるものに、東側が単純で西側が複雑と言ったようなものもある(その逆はほとんど見られないという)。例えば、共通語の「あぐら」は東側が「アグラ」一色なのに対し西側は「アグチ」「ジョロ」「オタグラ」「ヒザ」「アブタ」などのさまざまな語が分布していると言ったような対立である[72]

西日本方言 上伊那での使用 共通語 東日本方言 上伊那での使用 備考
複雑
(あぐち
じょろ
おたぐら
ひざ等)
あぐら[72] 単純
(あぐら)
境界線は上伊那よりも少し東を通っており、中北部であずくみ、南部でどっすわるが用いられるなど基本的に西の陣営に属すると考えられる。ただし、あぐらも基底方言としてではないが多少使われている[4][68]
複雑
(おそろしい
おぞい等)
恐ろしい[63][67] 単純
(おっかない)
境界線は上伊那よりも少し西を通っており上伊那では一般的におっかないが用いられるため、基本的に東の陣営に属すると考えられる。ただし、上伊那方言集ではおそろしねーも載せており、おそろしい類も多少用いられると思われる[69][66]
複雑
(おどし
そめ等
(かがし))
かかし[67][73] 単純
(かかし
(かがし))
東日本方言のかかしが全域的に用いられるが、そめも用いられ、混用地帯として東限の一つとなっている[66] [4][69]
複雑
(かたぐ
になう
かく等)
担ぐ(材木)[63] 単純
(かつぐ)
境界線は上伊那よりもかなり西を通っておりこの語では完全に東の陣営に属する[66]
複雑
(かたぐ
になう
かく等)
担ぐ(天秤棒)[63] 単純
(かつぐ)
境界線は上伊那よりも少し西を通っておりこの語では東の陣営に属する[66]
複雑
(かたぐ
になう
かく等)
担ぐ(二人で)[63] 単純
(かつぐ)
境界線は上伊那よりも少し西を通っておりこの語では東の陣営に属する[66]
複雑
(たけ
みみ
こけ
なば等)
きのこ[63][67] 単純
(きのこ)
境界線は上伊那よりも少し西を通っておりこの語では東の陣営に属する[66]
複雑
(ばら
はり
くい
いげ等)
トゲ(植物)[63][67] 単純
(とげ)
西日本方言のばらは下伊那南部まで入り込んできており境界線はすぐ近くを通っているが、上伊那は全域が東の陣営に属する[66]
複雑
(おどし
そめ等)
とりおどし[73] 単純
(かかし
無回答)
境界線は上伊那よりも少し東を通っており、そめ等が用いられるなど西の陣営に属すると考えられる[4]
複雑
(そげ
くい
いげ
すいばり等)
裂片[72] 単純
(とげ)
境界線は上伊那よりもかなり西を通っておりこの語では基本的に東の陣営に属すると考えられる。ただし、箕輪の方言ではすいはりも載せており、日本言語地図でも1地点だけではあるがすぎばりを用いるという地点があるため、西日本方言のすいばり類もこの地域で全く用いられないとは言えない[71][66]

以上のように、通常は語彙による東西対立の指標となりうる項目をいくつか選び、それがある地域においてどのように行われているか、当てはまる数の多少などを考慮しながら、西日本方言的か、または東日本方言的かなどその度合いを判定するのが一般的である。

なお東西語彙の特徴については、大岩正仲によればよくわからないという[59]

一方で、福沢武一は、方言語彙の語感について次のように感じているという。

  • 上伊那北部方言:男性的、強い、硬い、明快剛直=東国風
  • 上伊那南部方言:女性的、柔らかい、温和優雅=上方風

このような評価は福沢の主観ではあるが、太田切川の南北での相違が大きいと見ているという[9][4]

東西語彙と語彙体系 

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馬瀬良雄によれば、方言語彙の体系は全く不明であり、語彙体系による方言区画は困難ではないかという。よって東西方言を語彙体系によって区画しようとする試みも今のところない[44]

文法

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特に分布を示していないものは全域に共通する特徴である。南部に特徴的なものは、下伊那地域の方言と連続した分布を持っている点について注意されたい[5]

動詞

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  • 仮定形は「押シャー(押せば)」「見リャー(見れば)」のような形が一般的である[5]が、「押シタラ」「見タラ」のようなタラ形も分布する(もっとも意味・用法などが全く同一であるか、細部に渡っては異なるかは不明である)[53]
  • 「起きる」「見る」などの一段型活用動詞の命令形は、一般にかなり広い地域で「…ロ」となるが、南部では西日本方言的な「…ヨ」と混在しており、中川村片桐などの南端地域では一般に「…ヨ」となる。さらに「…ヨ」は融合して「…ョ(ー)」となる場合が多い(例.見ヨ→ミョ(ー)、セヨ→ショー)。例外として、「貸せる(「貸す」の方言形)・かんしる(「許す」の方言形)・呉れる・待ちる(「待つ」の方言形、この語を用いない地域もあり)・見せる」などの命令形は全域で「…ヨ(…ョ(ー))」となる[5]。また、2010年から2015年にかけて行われた調査では、ラ行五段活用化形式の「…レ」もまばらに分布している[12]。「…ヨ」よりも近畿方言的な「…ー」は、「ミー(見ろ)」などごく限られた語において行われる[53]
  • サ行変格活用動詞「する」には広い地域で「シル」が対応し、上一段活用化する傾向があるが、概ね飯島町中部以南では「セル」になる。「シル」及び「セル」の活用を以下に示す[5][74]
未然 連用 終止
連体
禁止 目的 仮定 命令
シル シ-ネー
シ-ン
シ-タ シル シン-ナ シー
シレー
シリャー シロ
セル セ-ン シ-タ
セ-タ
セル セン-ナ セー セリャー セロ
セヨ
ショー

ただし飯島町中部以南にも「シル」は点在し、上伊那方言集では全域が使用地域に含まれる。一方で、北部に「セル」はなく、「シル」と「セル」を併用する地域では「シル」が古いという意識が持たれている傾向にある。また、飯島町北部〜駒ヶ根市赤穂は終止形は「シル」が一般であるが(共通語と同じ「スル」が固まって分布する地域もあり)「セン(しない)」「セマイ(しよう)」「セロ(しろ)」などが方言集に載るなど、活用形によって混在している点に注意されたい[69][5]

  • カ行変格活用動詞「来る」の禁止形は「コン-ナ」となる場合が多く、koを語幹とする一段化への兆しが僅かながらに見られる[5]
  • サ行五段活用に対応する語に助動詞「…タ」を下接させると「カクイタ(隠した)」「ハナイタ(話した。連母音の融合によりハネータとなる場合が多い)」のようにイ音便をとる場合が多い。ただし昭和40年代後半の調査でも東部・南部では盛んであったが、北部・中部では「昔の年寄りが使った」類の回答が多く[5]、2010年から2015年にかけて行われた調査では、山間部でわずかに用いられている程度である[12]
  • 「落ちる」「建てる」のように語幹末尾が「t」ないし「c」の動詞に第2連用形で、助動詞「…タ」が下接すると「落ッタ」「建ッタ」のように促音(Q)があらわれる場合がある[5]
  • 南部では、「聞く」「敷く」「引く」のようなCikuの構造を持つ語は、第2連用形で「キッタ」「シッタ」「ヒッタ」のような活用となる。駒ヶ根市以南で天竜川以東の地域に多い[5]

形容詞

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  • 中・東部では、仮定形は「薄イケリャー(薄ければ)」「濃イケリャー(濃ければ)」のように終止-連用形に「…ケリャー」を下接させる。東部では「…クバ」のような形もあるが、「…イケリャー」に比べて古いという。北・南部では「薄ケリャー(薄ければ)」「濃ケリャー(濃ければ)」のようになる。そのほか全域で「…キャー」や「…カッタラ」も用いられる[5][53]。また「無い」の仮定形は「無ケニャー」の別形を持つ[5]
  • 南部では様態形は「ウマカリソーダ(うまそうだ)」「ナカリソーダ(無さそうだ)」のような形になる[5]。福沢武一によると、南部では「…ございます」の意で「…アリマス」を用い、「うもうございますよ」を「ウマクアリマスニ」などと言うが、「ウマカリ」はその「ウマクアリ」がつづまったものであるという。福沢の調査でも「ウマカリソー」の分布は「ウマクアリマスニ」を用いる地域の範囲内に収まっている[4]
  • 形容詞連用形がウ音便を取ることは一般になく、ごく限られた語において行われる。「いかい(程度が甚だしい)」のウ音便形「イコ・エコ」が全域で用いられるほか、南部では「良い」「疾し」が「ヨー」「トー」のようにウ音便をとる場合がある。「ヨー来た(よく来た)」を例にとれば宮田村以北にまばらに、駒ヶ根市以南に濃密に分布する。「早い」のウ音便形「ハヨー」は不連続的な分布が認められる[3][7][5]
  • 東北信や安筑地方に形容動詞「嫌だ」を「ヤダクナル(嫌になる)」、「ヤダカッタ(嫌だった)」のように形容詞化する方言があるが、上伊那では伊那市以北で「ヤダコト(嫌な事)」が用いられる[4]
  • 北端部の辰野町小野では「同じ」を「同ジケレバ(同じなら)」、「同ジクチャ(同じでは)」、「同シカッタ(同じだった)」のように本来の形容詞と同じように活用する[4]

形容動詞

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次のような形容動詞が用いられる[2]

  • コーイダ(こういうわけだ)
  • コーイデ(こういうわけで)
  • コーイナ(こういうふうな)
  • ソーイダ(そういうわけだ)
  • ソーイデ(そういうわけで)
  • ソーイナ(そういうふうな)

推量表現

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推量表現に「…ズラ」「…ラ」を用いるのは長野・山梨・静岡方言の特徴である[5]

…ズラ
動詞、形容詞に接続する場合、北部では「…ズラ」、南部では「…ンズラ」。例.行くだろう → イクズラ(北部)、イクンズラ(南部)[5]。体言、形容動詞の語幹に続く場合は一般に「…ズラ」であるが、地域によっては「…ダズラ」となる場合もある[5][13]
…ダラ
動詞、形容詞に接続する場合は『上伊那郡誌 民俗編 下』によると「…ンダラ」となるという[5]。『上伊那の方言 ずくなし』では「行ッタダラ」のように直接「…ダラ」が接続する用法が収集されている[4]。1949年の『上下両伊那方言の境界線』や1980年の『上伊那方言集(改訂版)』では、太田切川以南(=駒ヶ根市赤穂以南)でのみ使われるとされていたが、その後北上を続け、1999年の調査では北端部、塩尻市との境まで分布が確認された[6]。例.イクンダラ(行くんだろうね)
…ラ
動詞と形容詞のみに接続する。南部では「…ズラ」よりも確実性が強いとされているが、北部では確実性による使い分けはないという[5][6]。例.イーラ(いいだろう)
…タズラ、…タンズラ
「…ズラ」の過去及び完了。北部では「…タズラ」、南部では「…タンズラ」となる。例.行っただろう → イッタズラ(北部)、イッタンズラ(南部)[5]
…ツラ
「…ラ」の過去及び完了。例.ヨカッツラ(よかっただろう)[5]
…タンダラ、…タラ
「…ダラ」の過去。例.イッタンダラ、イッタラ(行ったんだろう)[5]
…ズ
例.ソンナ コトモ アラズ(そんなこともあろう)[5]

意志表現

[編集]
…ズ、…ズイ
長野・山梨・静岡方言の特徴語である。例.イッテ ミテ コズ(行ってみてこよう)[5]

勧誘表現

[編集]

伊那市(南部除く)以北では「…ナイカ(ネーカ)」「…ンカ」など、直訳すると「…ないか」となる表現が多く用いられているが、「…マイカ(メーカ)」や「…ジャンカ」などさまざまな表現が分布する。伊那市東西春近、宮田村以南は「…マイカ(メーカ)」が非常に多い[12]

…マイカ(メーカ)
名古屋方面に勢力をもつもので、上伊那方言では融合して「…メーカ」となることが多い。積極的な勧誘であり、共通語訳を与えれば「…うじゃないか」となる。北部では五段動詞には終止-連体形で接続するが、南部では全ての動詞およびそれに準ずる助動詞未然形に接続する。例.行こうじゃないか → イクメーカ(北部)、イカメーカ(南部)。また、南部では「カ」を省略した「…マイ」「…メー」も用いられる[5]。南信方言域の中年層以下では「イキマイ(カ)」の形を用いるという[75]
…ナイカ(ネーカ)、…ンカ
共通語の「…ないか」に相当し、動作の中に話し手がいないでいることも可能であると言う点で「…マイカ」等と異なる[5]。この表現は北部で盛んであるが、北部では打ち消しはナイ・ネーが優勢であることから「…ナイカ(ネーカ)」がより多い[12]
…ジャン(カ)
「行クジャンカ」のように終止-連体形に接続する。中部・北部を中心にある程度の勢力を持つ[12]
…ズ(カ)
意志表現として用いられる「…ズ」は勧誘としても用いられる。共通語の「…うよ」に相当する[5]。ただし使用頻度は低い[12]

打ち消しの表現

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現在形(…ない)
上伊那は東日本方言の「…ナイ(ネー)」と西日本方言の「…ン」の雑居地であり、広い地域で併用されているが、南部では「…ン」を、北部では「…ナイ(ネー)」を多用する傾向がある(分布の詳細は『東西方言の語法上の対立と上伊那方言』を参照)。
また、太田切川以南、すなわち駒ヶ根市赤穂以南の地域には、婉曲的な打消表現として「…セン」(例.買やーせん)という表現があり、この地域での使用度は高いとされる。このような表現は、近畿方言の「…ヘン」と同類のものであるとされ、西日本方言的である(東日本では、共通語で言うところの「見はしない」「来はしない」という場面においても、「見ない」「来ない」の類で済ませる地域が少なくない[14][53](近畿方言の「…ヘン」は「…セン」の変化したものであり[76]、上伊那方言の方がより原形に近い)。
伊那市富県や箕輪町福与では丁寧形「…ます」の否定形は「…マセン」ではまく「…マシネー」となる[71][5]。これは中信方言の特徴である[77]が、上伊那での詳細な分布は不明である。中川村片桐では「…マセン」[5]
過去形(…なかった)
過去否定には伝統的には「…ナンダ」を用いる[5]。県別感覚表現辞典によると、南信方言域の中若年層では「…ンカッタ」を中心に用いるという。中信方言域での使用については言及されていないが、長野県史方言編の言語地図では、高年層で「…ナンダ」と「…ンカッタ」が併用されている地点がある[75][13]
順接条件(…なければ)
順接条件には「…ネバ」の変形「…ニャー」が広く用いられるが、「…ずは」ないし「…ずば」に由来するとされる「…ジャー」も用いられる。中・北部では「…ナケリャ」、「…ナキャ」などのナケレバ系や、打ち消し「ない」に直接「ければ」が下接した「…ナイケレバ」「…ネーケリャー」も用いる。また「…ンケリャー」が中・北部などで用いられるが、馬瀬良雄は打ち消しに「ない」と「ん」を併用する地域に分布すると推定している。南部では共通語の「…なければならない」には「…ンナラン」も用いる[5]
逆接条件(…なくても)
逆接条件には「…ナンデモ」「…ンデモ」「…デモ」「…ドモ」などを用いる[5]
中止形(…ずに)
中止形には「…ズニ」「…ッコ」が用いられる。駒ヶ根市赤穂以南の地域では、「…ナシ二」という表現も用いる。例.ガッコーエモ イカナシニ アスンデバッカ オルンダニ(学校へも行かずに遊んでばかりいるんですよ)[7][5]
反語(決して…ない)
…ズカ」「…ズケ」が用いられている。例.ソンナ コトカ° アラズケ(そんなことがあろうか、いやあるはずがない)[5]

指定・断定の表現

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指定・断定の表現には東日本方言の特徴である「…ダ」が用いられている。中・北部では「見タダ(見たのだ)」「行ッタダ(行ったのだ)」のように活用語に「の」を介さずに「ダ」が続く用法を持っており、共通語の「…なのだ」には「…ダダ」、「…のか」「…のですか」には「…ダカ」が対応する場合がある[5]。一方南部ではこのような用法はそれほど盛んではないようである[5][4]。また、伊那市西春近以南では「…ナ」という表現もあり下伊那地域に近づくにつれ使用頻度が高くなる[7][5]。東部の谷では旧長谷村南部で多少用いられているという[5]。例.ソーナ(そうだ)

理由・原因

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…二
例.アミャー フルニ カサー セーテケ(雨が降るから傘をさして行け)[5]
…デ
「…ですよ・ますよ」と訳せるような場面で「…デ」で文を切る方が自然である場合がある。もっとも「…デ」は「…ぜ」の意味でも用いられることもあるが、話者の方言意識は理由・原因の「…デ」であるという。例.ソンナ トコジャー サブクテ イケネーデ、サー チョット オヨリナ(そんなところでは寒くていけませんよ。さあさあ、ちょっとお上りください)[5]
…モンデ、…モンダデ
共通語の「ものだから」にあたる。例.シラネー モンデ ブチャッチマッタ(知らないものだから捨ててしまった)[5]
…ダニヨッテ
南部で用いられる。例.コーダニヨッテ コリャー ケール ワケニャー イカン(こうだからこれは変えるわけにはいかない)[5]

同意を求める表現

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…ジャ(ー)ネー(カ)、…ジャン(カ)
共通語の「…じゃないか」に相当し、自分の推定に他人の承認を求めている場合や、他人を勧誘する場合に用いる[4]。「…でしょう」のように訳されることもある[11]。「ジャン」は近年東京の若年層に進出し全国的に使われるようになったが、元は中部地方の方言であり、「…じゃないか」の「ナイ」に打ち消しの「ン」が混同され成立したとされる[6][3][4]。上伊那地域では男女とも用いるが、女性の方が多用する傾向にあり、「ジャン」より「ジャンカ」の方が古いという。また勧誘に用いる点や、「そこに あるジャンネー(そこに あるよねえ)」といったような用法を持つ点で首都圏方言などのジャンとは若干異なる[3]。発祥地については諸説あり、「浜ことば」とされることもあるが、馬瀬良雄は時代背景や交通などから静岡県西部で発生しそこから上伊那へ伝わった説、打ち消しのナイとンが交錯する地域で別々に発祥とする説を唱えている[3][6]福沢武一も多元発生説であり、長野県も水源地の一つであると主張する[4]。文献に残るものでは山梨県が古く、山梨県から全国へ広まったとする説もある[78][6]。『長野県方言辞典』の言語地図では、上伊那地域は長野県内で唯一、全地点で「昔から使う」と回答している[6]

可能の表現

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上伊那では一般に、「この子はもう字が読める」といったような能力的可能と、「暗くても大きな字なら読める」といったような条件的可能が語形の上で区別される。ただし南部では区別がやや曖昧である。また、中・南部では「読メレル」「着レル」といったようないわゆる「れ足す言葉」、「ら抜き言葉」が用いられている[5]

能力 条件
肯定 否定 肯定 否定
辰野町小野 読む ヨメエル ヨメエネー ヨマレル ヨマレネー
着る キーエル キーエネー キラレル キラレネー
伊那市長谷 読む ヨメエル ヨメエネー
ヨメエン
ヨメル ヨメネー
ヨメン
着る キーエル キーエネー
キーエン
キラレル キラレネー
キラレン
伊那市富県 読む ヨメエール ヨメエーネー
ヨメエーン
ヨメレル ヨメレネー
ヨメレン
着る キエール キエーネー
キエーン
キレル キレネー
キレン
中川村片桐 読む ヨメレル ヨミエン ヨメレル ヨメレン
着る キレル キエン キレル キレン

敬語表現

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上伊那地域では一般に、敬語表現は隣接する諏訪方言などと比べて比較的分化しており、敬意の程度によって様々な言い方を使い分ける。しかし東部では、敬意の高い表現はごく一部の言葉の丁寧な人が用いるにすぎず、基底方言では敬語表現はそれほど複雑でない[5][13]一方で、飯田市に近接する南部では敬語表現が非常に豊富であり、特に尊敬語を多用するなど、上伊那地域内でも差が認められる。馬瀬良雄は、社会階層が発達していた地域では一般に敬語表現が豊かであると指摘している[3]が、南部駒ヶ根市赤穂や中川村南向などでは、豪農が多くの家来を引き連れ関西方面より移住し、多くの小作人を使用し封建的な主従関係を結んでいた歴史的背景を持つ。これらは太田切川以北にはほとんど見られないという[8]

尊敬表現

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南部では尊敬表現が多彩であり、以下に示す方言形式のもののほかにも「御…」や「…様」などを多用する[3]

ミエル(メール)、オイデル、ゴザル
おいでになる、いらっしゃるの意[5][79][4]
オ…ル
お…になる。宮田村以南で用いられる[3]。例.オ見ル(否定形=オ見ン、過去形=オ見タ)、オ帰リル(否定形=オ帰リン、過去形=オ帰リタ)
…ッシャル、…サッシャル
…なさる。北部で用いられる。江戸言葉の系譜を引くものであり、「…ッシャル」は五段動詞の未然形に、「…サッシャル」は上下一段活用の未然形とカ変の連用形に付く。サ変の場合は一般に自立動詞の「サッシャル」を用いる[5]
敬意を込めて勧める表現
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…(ッ)シ(ー)、…ラ(ッ)シ(ー)
軽い敬意と親愛の気持ちをこめて勧める表現。五段動詞には未然形に「…(ッ)シ(ー)」が直接接続し、その他の動詞には「…ラ(ッ)シ(ー)」が下接する。上伊那中・北部の特徴語であり、主に伊那市以北で用いるが、南部にも多少分布しているとする資料もある[4][9][80][5]。例.イカッシー(お行きなさい)
…ッシャレ、…サッシャレ
北部で用いられる。敬意は低く、その分親愛度が高い[5]
オ…ナ
中・南部では親愛度が高めであるが、東部では敬意の度合いが比較的高めである。北部では用いられない。例.サーサ オヨリナ(さあさあ お寄りください)[5]
オ…ネ
北部で用いられる[5]
…トクンナ
南部ではより敬意の高いものとして「オ…トクンナ」も用いられる[5]
…トクンネ
北部で用いられる[5]
オ…ナサンシ
北部で用いられる[5]
オ…ナンイェ、オ…ナンヤレ、オ…ナンヨ
南部で用いられる。詳しい分布は調査されていないが、宮田村あたりまでは使用するようである[5][6]
オ…テ
主に駒ヶ根市赤穂以南で用いられるが宮田村にも多少分布しているとする資料もある。これは「オ…ル」という敬語形式が…テに接続したものである[5][4]。例.オヨリテ(お寄りなさい)
オ…ナンショ
軽い尊敬と親愛感をもって使われる。南部では「オ…ナイショ」となる場合もある。例.オヤスミナンショ(お休みなさい)[5]
オ…ナシテ
主に北部方面で用いられる。例.オクンナシテ(くださいな)[5][4]
オ…テ オクンナンショ
南部で用いられる。相手に命令する場合の最高位の敬語表現[5]

謙譲表現

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謙譲表現はあまり発達していない。一例として、東部伊那市長谷では自身の動作について近所の知り合いに向かってやや丁寧に言う場合と、この土地の目上の人の向かって非常に丁寧に言う場合を文の上で区別しない場合が多いが、場合によって「御…モース」(一般には「御…モーシマス」の形で用いられる)「シンゼル」が用いられる。これらは全域で用いられるが、「シンゼル」は「神仏に物を供える」といったような意味のみで用いる地域もあるという[13]。南部では「オ…スル」「頂戴スル」などの謙譲表現が用いられ、一般に謙譲表現が用いられることのない長野県の多くの方言と対立する[3]

丁寧表現

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…ゴザンス
…ございますの意。中部以北で用いられる。例.オツカリデ ゴザンス(今晩は)[5]
…アリマス
…ございますの意。南部で用いられる。例.ハールカブリデ アリマスナムシ(久しぶりでございますね)[5]
…エ、…イ
念を押し、感嘆する意味をあらわし、軽い敬意と親愛の気持ちをこめる。「…エ」が一般に用いられるが、並行して「…イ」が用いられる場合もある。これらの表現は全域で用いられるものの、中・北部での使用度がより高く、南部では助詞に下接する表現などでは「…ナモシ」から変形した「…ナムシ」「…ナ」等に取って替わられる場合があるなど、どちらかと言えば上伊那北部方言的な特徴であると言える。(例.ソーダナエ、ソーカエ、アルゾエ等(中北部の特徴)←→ソーダナムシ、ソーカナ、アルカナ等(南部の特徴))[5][4][4]
(1)活用語の終止形に下接する。例.ワカルラエ(分かるでしょうよ)、ダレカ ヨンデルエ(誰か呼んでるよ)
(2)助詞に下接する。「…ナ(詠嘆)」「…カ」「…ゾ」「…ヨ」などに下接することが多い。例.ソーダナエ(そうですね)、ソーカエ(そうかね)
(3)体言、副詞に下接する。例.ソー ユー コトエ(そういうことですよ)、ソーエ(そうですよ)[5]
…ナム(シ)、…ナモ(シ)、…ナー(シ)、…ナン(シ)等
…ねえ。南部で用いられる。念を押し、余剰を込めて敬意をあらわす。例.ソーダナム(そうですね)。なお、「ナー」は北部でも目下に対しては使われるが、目上に対しては「ナエ」が一般的であり、敬称としては使われない[8]。南部などでは、長上に対しても「ナー」で押し通すことから外来者に異様に感じられることもあるという[7]

これらの語の本拠地は名古屋で、長野県では飯田方面に色濃く、また木曽南部でも用いられる[4]。上伊那では南部で用いられ、下伊那地域に近い中川村、飯島町中部以南での使用頻度が高い。語形によって分布に多少の差があり、語形別の分布状況を以下の表に示す。文献の(1)〜(5)はそれぞれ、

  • (1) 長野県上伊那郡における東西方言の境界線
  • (2) 上下両伊那方言の境界線
  • (3) 上伊那の方言 ずくなし 上・下
  • (4) 上伊那方言集
  • (5) 上伊那郡誌 民俗編 下(言語地図)

とし、語形もしくは地域が調査対象となっていないものは空欄とする。小黒川三峰川以北にはいずれの語形も分布していない。

語形 文献 使用地域
春富[81]大部分 西春近南部 宮田 中沢 赤穂 飯島 中川
…ナー (1)
(2)
(3)
(4)
(5)
…ナーシ、…ナシ (1) × × × × ×
(2)
(3) ×
(4) × × × ×
(5)
…ナム (1)
(2)
(3) × ×
(4) × × × ×
(5) × × × × ×
…ナムシ (1)
(2) × × × × ×
(3)
(4)
(5)
…ナモシ (1)
(2)
(3) × × ×
(4) × × × ×
(5)
…ナンシ (1)
(2)
(3) × × × ×
(4) × × × ×
(5)
…ニ、…ニー
…よ。軽い敬意をこめて余剰を含む確認をあらわす[5]。愛嬌ある主張である。福沢武一は、「伊那谷の代表語と言って過言ではない」と述べている[4]。情報提供(相手に当該の事項に関して全く認識がないことが明らかな場合)や独話では用いられない点などで「…ヨ」とは若干異なる[82]。例.ソーダニ(そうですよ)
…ジ
北端部で用いられる。「…ゾ」と似るが、軽い敬意と親愛の気持ちを込めて使われる。松本地方の代表語であり、その影響下にある[5][4]。例.ソーダジ(そうだぞ)
…ンネ、…イネ
北端部で用いられる。念を押し、余剰をこめて丁寧な断定をあらわす。松本地方に盛んな表現である[5]。例.ソーダンネ(そうなんですよ)
…ナ
南部で用いられる。聞き手に対し敬う気持ちをこめて用いられる。例.オアリンカナ(ありませんか)[5][4]

美化語

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「お米」「お水」のように上品に美しく表そうとする言い方を美化語と言うが、南部では美化語を多用する傾向がある。また「良い」に「お」をかぶせた「オイイ」が南部を中心に用いられる。宮田村以南に色濃く、北部にも分布する[3][5]

その他助詞

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格助詞

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…イ、…イェ、…ウェ、…ウィェ
…へ[5]
…ナ
…の。太田切川以南で使用[5]
…ヨカ、…ヨリカ
…より。「…ヨリ」も用いられる[5]
…ン
…の[5]

接続助詞

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…ケード、…ケードモ
…けれど、…けれども。例.ミンナ ユーケード フントズラカ(みんな言うけれど本当だろうか)[5]
…シナ
…ながら。例.エーキシナ カンケ°ール(歩きながら考える)[5]
…ニ
…のに。共通語の「…なのに」には「…ダニ」対応する[5]

副助詞

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…カ°
…くらい、…だけ[5]
…サラ、…セ(ー)ラ、…マシ
…ごと[5]
…シャ(ー)、…キリシカ、…バカ(リ)シカ
…しか、…だけしか[5][4]
…ッツ
…ずつ。南部では、「…つ+ずつ」は「…ツッツ」となる。したがって「3つずつ、4つずつ…」などは「ミッツッツ、ヨッツッツ…」となる。例外として「1つずつ、2つずつ」は「シトンツ、フタンツ」となる[5]
…ドコ、…ドコカ
…どころ、…どころか[5]
…ナニ、…ナンゾ
…なんか。「…ナンゾ」は南部で用いられる[5]
…バカ、…バッカ
…ばかり[5]
…ホーケ
…られるだけ、可能な限り。動詞の第1連用形に接続する。例.クイホーケ クー(食えるだけ食う)[5]

終助詞

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…カシラン
…かしらと訳せるが女性専用語ではなく、男性も使う[5]
…ケ、…ケー
…か、…かね。主に南部で用いられる[5]
…タ
…け。回想・確認。例.シズカダッタッタ(静かだったっけ)[5]
…ッチャー
…ってば。南部で用いられる。例.ソリャー ソーダッチャー(それは そうだよ)[5]
…デ
…ぜ。例.アンマリ ノンジャー カラドニ ワリーデ(あんまり飲んでは体に悪いぜ)[5]
…ヤイ、…ヤレ
…よ。動詞の命令形に続き、「…ヤイ」は語気を強める。一方「…ヤレ」は親愛の気持ちを含む[5]

その他助動詞

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…ッチュー
…という[5]
…ドー
…です(強め)。北部で用いられる[5]
…ミタヨーダ
…のようだ[5]

自称

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  • 対等以上:ワシ
  • 対等以下:オレ、オラ、オラー

対称

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  • 対等以上:オメサマ、オメーサマ、オメサン、オメーサン
  • 対等以下:オメー、オミャー、テメー、ワレ、ウヌ、キコー

語彙

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広域など

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上伊那全域で広く用いられている語彙を中心に、点々と分布するものや主に中部で用いられているものも含む。 参考文献:[8][69][4][11][83][71][84]

あいく
歩く
あいさ
あいそしー
可愛らしい。南部では「愛想がいい」の意味も。例.まー なんちゅー あいそしー ぼこずら
あいてー、あいて、あいた
痛い
あおぴょーたん
顔が青くやせた人のこと
あかる
容器が転倒して中のものがこぼれ出る
あかん
良くない。関西方言の代表的な言葉の一つであるが、上伊那地域でもあまり一般的な使用はないものの、『おらが知ってる伊那の方言』や『伊那谷 長谷村の方言集』などの方言集に載っており、内陸側では東限の一つとなっている[11][85][14]。長野県では遠山郷の使用度が高く[6][14]大鹿村でも用いられている[86]ため、秋葉街道を通じて伊那市長谷地区にも入り込んで来ていると思われる。例.このパソコン、すぐエラーが出て、あかんな
あけ°
油揚げ
あこ°か°かき°にかかる
貧困の余り飯が食えなくなる
あこ°た、おとけ°
あご
あすぶ
遊ぶ
あたける
暴れる、悪ふざけする
あだじゃねー
容易ではない、気の毒だ。例.あんねに いそがしくちゃー あだじゃねーなえ
あっこ(1)、あすこ
あそこ。例.あっこえ いって ぼやを もって おいで
あっこ(2)
かかと
あっためる
盗む、隠す。例.他人の 本を あっためる
あばよ、あんばよ、あばな、あんば
別れるときの挨拶。「あばよ」は「さらばよ」の約略とする説があるが、福沢武一は「塩梅好う」が語源であると主張する。「あんばよー」は関西などで「具合よく」「都合よく」の意味で用いられる[4]
あびる、あべる
泳ぐ
あらかた、おーけん、ど(ー)えんけん、なから
おおよそ、だいたい
あらかす(1)、あらける、あらけ°る
例.もみを あらけ°て 干す
あらかす(2)
転がす。例.石を あらかす もんで あぶねー
あらすか、あらずか、あらすけ、あらずけ
ありなどはしない
ありこ°
あれる
ころげる。例.石か゜ 坂を あれて いった
あわさりめ
重なり目
あわしまさま
いつもボロボロな着物を着ている人
あわたく
あわてる
あんじゃーねー
心配いらない
あんと
ありがとうの意。宮田村以南やや希薄
いかつい
立派な
いかん
ダメ、いけない。北部では「いけん」「いけねー」とも。
いかんに
いけませんよ、ダメだよ
いきあう
遭遇する
いきなり
乱雑で、中途半端なさま。放置して、構わぬこと。几帳面の正反対
いけーに
どんなに
いける
埋める
いこ、えこ
あまり
いしか°け
石垣
いじゃ
行こう(強め)。例.おれと 一緒に まちー 買い物に いじゃ
いただきました
ご馳走さま
いちゃつく
(1)恋人同士が仲睦まじい動作をすること、(2)うるさくつきまとう。北端部では「慌てる」、南部では「子供などが調子づいて騒ぐ」の意味でも用いる
…いちら
…まま
いっちょーらん
一枚しかない良い着物。例.お祭りだで いっちょーらんを 着せて よらずよ
いってきました
ただいま
いなだく
いただく
いのく
動く
いび
いびくる
もてあそぶ。例.そんねに いびくりゃ こわれちまうぞ
いぶる
揺さぶる
いぼう、いぼる
傷口が化膿する。いぼった とこから うみが でて きた
いやんべー
程よい状態
いらんこと、よっこなこと
余計なこと
いりのや(入野谷)
高遠からさらに南アルプスの山麓へ入った谷(旧長谷村)。
いれいち
一つおき。例.いれいちに 赤く 塗る
いろむ
色づく。例.柿か° いろんで きた
いんね
いいえ(否定)
うだる
茹だる
うつかる、うっつかる
背をもたれかかる
うっつかっつ
五分五分、同じくらい、損得なし
うでる
茹でる
うとい
バカだ
うとんぽ
空洞
うます
蒸す
うめる
薄める
うんと
たくさんに、非常に
えーと
えーよ、えーよー
ぜいたく
えけ°つねー
ひどい、あくどい
えらい(1)、くたぶれた、ごしたい、だるい、たるい、たるっこい
疲れた。「ごしたい」に関して福沢武一は、万葉集に多出する「こちたし(わずらわしい)」に由来するというのが通説であるが「腰痛い」の訛りである可能性も主張している。疲れからくる腰痛は鈍痛というべきものであり、全身の疲労がそこに根を張った感じであるが、そのような実感がごしたいには宿っているという[4]
えらい(2)
ひどい
えれる
入れる
えんのしたのくものすまで
全財産残らず。例.えんのしたのくものすまでお前のものだ
おいさん
おじさん
おいでな
おいでなさい
おいでる
いらっしゃる
おいでん
いらっしゃらない
おいはん
夕飯
おいび
行きましょう。例.みよっさ 学校い おいび
おいや
食べたくない。例.かぜで ねつっぽいで 今朝わ ごぜんわ おいやだ
おいれ
日没
おかたしけ、おかたじけ
ありがとう
おくびとなり
成長が遅いこと
おこた、おこたつ
こたつ
おこ°っつぉー
ごちそう
おこりばち
怒りんぼ
おさんまくな
ご粗末な
おしゃんこ
正座。北部系方言の「おつくべ」「おつんべ」「おつんぶ」等と南部系方言の「おかしま」「かしまる」等の接触地域に多く分布する。
おしょる
折る
おぞい
品質が悪い
おたく°り
動物のはらわたを煮た料理
おちゃ
(1)お世辞、(2)おやつ、間食
おっかい、おっかない
恐ろしい。「おっかない」は東日本方言の特徴語である[63]が、万葉集の「おくかなし(奥処なし)」もしくは「おほけなし(身の程知らずである、似つかわしくない、果敢である)」を語源とする説がある。この説に対し福沢武一は、前者は古すぎ、後者は語義から離れすぎていると批評している。福沢は「おー怖!」から「おっかい」が導かれ、さらにそこから「おっかない」が造語された説を唱える。柳田國男は「おっか」は「おーこれは!」を語源とする説を唱えている[4]
おつかいな、おつかりな、おつかりなんしょ
(1)お疲れ様、(2)夕方のあいさつ
おっかさま、おっかさん
母親。南部では「おかーちゃ」「おかーま」とも。
おっさま
お坊さん
おっとら
おっとり
おつよ
味噌汁
おと、おとっと
次に生まれた子
おどける
驚く。例.そりょー きーて まず おどけちまった
おどし、そめ
かかし
おとつい、おっとい
一昨日
おとっこ
(1)末子、(2)生育の遅れた蚕
おとっさま、おとっさん
父親。南部では「おとーちゃ」「おとーま」とも。
おなし、おんなし
同じ
おはずけ
漬かった漬け菜
おべー
着物
おべんこー、べんこー
ませた口をきくこと
おみゃー
お前 (卑語)
おめこ、おそそ
女性器
おもしー
面白い
おもる
おごる。例.今日わ おれか° おもるよ
おやき
(1)米粉をねり、円板状に薄く伸ばして焼いた食べ物、(2)米粉の皮に小豆あんを入れ、茹でた後に焼いた食べ物。上伊那では平板に発音される[4]
おやけ°ねー、おやいねー
気の毒な、かわいそう。上伊那では一般に「おやけ°ねー」であるが、駒ヶ根地域では「おやいねー」ともいう[87][88]
おら
おれ、私
おらねー
いない。宮田村のテキスト方言訳に載る。この地域では、「おらん」や「いねー」とともに混用される[13][6]
おらほ
おれの方
おりいろ
紺色
おるすき°
お留守番
おろのく
間引く
おわい
お食べなさい。例.たんと こしれーたで うんと おわいな
おわざと
しるしばかりの品
おんもり
思う存分
…か°
…くらい、…だけ。例.お菓子を 百円か° とこ つつんで おくれ
かーち、かーし
代わり
かう
閉める
…かえ
…か、…かね。例.そーかえ
かか°かか°する
気ぜわしく動き回る、そわそわする
かけじ、おかけじ
掛け軸
かじかざわ
塩。伊那市高遠町で用いられる。甲州鰍沢で陸揚げされた塩が、甲州街道を通ってこの地まで運ばれたためこの名がついた[5][89]
かしき、かしき°
炊事
(ひっ)かしぐ、(ひっ)かしがる、よろぶ
傾く
かしょ
かせ
かっつく
追いつく
かどま
かぶた、かぶつ
からい
塩辛い。伊那市以北では「しょっぺー」とも。
からかみ
ふすま
がりあう
言い争う。例.あの夫婦わ 年中 がりあってばっかいて よわった もんだ
かんかん、かんから
空き缶
かんしょ
堪忍して下さい(男性的)。例.おれか° わりかったで かんしょな
かんちょろりん
痩せた人
かんな、かんね
ごめんね(女性的)。例.わしか° わりかったで かんね
きかいこーじょのけつまがり
製糸工場の女性をはやし立てた子どもの失言
きさんじー
立派な、見事な。例.あの えーの 稲わ きさんじー
ぎすい
滑りが悪い。例.この 戸は ぎすくて いけんで なおして おくんな
きび
(1)トウモロコシ、(2)気味
きびしょ
急須
きもがみじかい
短気である
ぎゅーす
こらしめる、ひどい目にあわす
(布団を)きる
(布団を)掛ける
きんのう、きんにょー
昨日
きんたまのちーせーやつ
小胆の者
くつば(か)す、くすば(か)す
くすぐる
くつばってー、くすばってー
くすぐったい
くさくさ、ぐさぐさ
固く締まっていない
くざる、く°ざる
悪口を言う
ぐしゃつく
水気が多くなる
ぐしゃったみ
湿地
くすか°る
刺さる。「串」が「上がる」が語源であるという。現在は串のみならずトゲや矢、釘などさまざまものに対して用いる。なお「刺す」は「くすげる」と「くすぐ」の2通りがある[4]
くちめんずり
口先ばかりで生意気を言う(辰野)[90]、うわさ話で争いを起こす(駒ヶ根・赤穂)[87]、他人の悪口、陰口を言ったため恨まれる(中川)[91]
…くに
…のように。例.あのくに いのいちゃー 体に どくだに
くねっぽい
年よりませてみえる。例.この ぼこわ ばかに くねっぽいなえ
くべる
燃やす
くます
くずす
くむ
(1)崩れる、(2)交換する
くりょ
くれ
くるいっこ、くりっこ
戯のとっくみあい
ぐるら、ぐるわ
周り、周囲
くろ
田のへり、耕作地の縁ぞい
くわずみ、くわぐみ
桑の実
けーど
けれども
けーむし
毛虫
げーもねー
無益な、つまらない
けしくりからん
不都合だ、よろしくない。例.そりゃー けしくりからん ことだぞやい
けっからかす
蹴飛ばす
けぶ、けむ、けも
げほーもねー
過度にたくさん
けもねー
造作もない
けやす
消す。例.火を けやす
げんと
てきめん。例.この薬は げんとに きいて たまけ°た
…っこ
…するはずがない。例.いきっこ
ごーか°わく
腹が立つ。例.こんねに ごーか°わいた こたー ねーよ
こーぜ、こーぜー
文句、理屈、言いがかり
こき°
枯れ枝
こく
(1)言う、(2)打つ・叩く・殴る。例.頭を こかれて こぶか° できた(3)脱穀する
こく°り
かたまり
こくれる
遅れる。例.種まきか° しゅんに こくれちまった
こけ
(1)ばか、やぼ。例.ゆーだけ こけだで やめとけよ。(2)魚の鱗
こける
転ぶ
こさえる、こせーる
作る
こしょー、なんばん
唐辛子
こすい
ずるい
こずむ
沈殿する
ごとーむし
カミキリムシの幼虫
ごへーもち(五平餅、御幣餅)
竹串、板串へ挿しまたは練りつけて焼き、味噌を塗ってさらにあぶった飯団子
ごまくら、ごまこ°ま
しきりと人を欺く手管を使うこと
ごまくらかす
ごまかす
ごむせー
汚い。例.そんな ごむせー しこーを して きちゃー みっともねーぞ
ころましー
見事な。例.なんちゅー ころましー 柿ずらなえ
こわい
硬い
こわる(1)
壊す
こわる(2)、こわす
くずす。例.一万円札をこわる
こんだ
今度
…さ
…さん
さいなら
さようなら
(桑が)さく
(桑の)芽が伸びて葉が伸びる
さけをころしてのむ
酒をちびりちびり飲んで酔った風をしない
さざむし
トビケラ類の幼虫
ささらほーさら
さんざんな状態、 徹底的にダメなさま。救いようのないさまの例えである「ササラ先穂」を語源とする説がある[4]
さす
(警察などに)密告する
さっきに、いつに
とっくに
さっきゃく
さしあたり、とりあえず
さびお
絆創膏
さぶい
寒い
…さら、…せら、…まし
…ごと
さらける(1)、さらけおちる、さらけくずれる
烈しく転落する、転げ落ちる
さらける(2)
(1)かきちらす、(2)露出する。北部では「捨てる」の意味でも用いる。
さわす
(1)水に浸して柔らかにする、(2)渋を抜く
しあさって、しなあさって、しのあさって
明々後日。東京中心部を除く東日本では明々後日のことを「やのあさって」、明々々後日のことを「しあさって」と言い、西日本や東京中心部では明々後日のことを「しあさって」、明々々後日のことを「やのあさって」と言う[92]が、上伊那では西日本系のしあさって類を用いる。ただし北端部の辰野町小野では東日本系の「やのあさって」と混用されている[4]。また、南部では「しがさって」とも。
しきね
敷布団
しくる
しくじる
しける
雨天になる
しこる
じっとしている
しじつ
手術
(風呂に)しずむ
(風呂に)浸かる
…しな
…ながら
しにゃー、せにゃー
しなければ。北部では「しねーけりゃー」とも。
しみ
寒気
しみる
寒気が激しい
しもけ°る
凍傷を起こす、霜焼けになる。例.手か° しもけ°た もんで かいくて こまる
じゃける
ふざける
…じゃん、…じゃんか
(1)…じゃないか、…だったでしょう(自分の推定に他人の承認を求めている、控えめな主張、やわらかい断定)(2)…うよ(勧誘)。例.一緒に カツ丼を食べる じゃん
しょいこ、しょいた
ワラ製の背負い具。「しょいこ」は北部で「ワラ製の背負い袋」の意味も。
しょーか°ねー
物が腐ってもろいこと
しょーわる
臆病。例.しょーわるで 1人じゃー どけーも 行けねー
しょずむ
つかむ。例.どじょーを しょずむ
じょぼじょぼ
ずぶ濡れ
しょぼろったい
気障りだ
じょろじょろ
艶めかしいさま。例.女か° じょろじょろ あいってた
しわい
けちくさい
しん
しない。北部では「しねえ」、南部では「せん」とも。
しんしゅーのつれしょんべん(信州の連れ小便)
人がすれば俺もする
しんぜる
神仏に供える
しんとー
物の中心
…ず
(1)…だろう(推量)、(2)…ない(否定)、(3)…しよう (意思)
すい
酸っぱい
ずいた
性質(悪意)、性格、品性
すかんたらしー
いやらしい
ずく
熱心さ、ことをする気力、やる気。例.ずくのある人だ(やる気があり、従って根気もあり、精出し、骨惜しみをしない)。「怠け者」は「ずくなし」、「怠ける」は「ずくを病む(ずくーやむ)」もしくは「ずくを抜かす(ずくーぬかす)」と言う。また派生語に「まともな仕事をやり遂げる気力」「大きな仕事はするが小さな仕事を嫌う」「仕事が遅い」などを意味する「おーずく」、「細々とした仕事に精を出す」ことを意味する「こずく」がある。前者は形容動詞、後者は名詞[3][4]。意味合いの独特さ、信州らしさなどの理由から長野県ではポピュラーな方言である。伊那谷ではずくの有無は人を評価する上での指標ともなっており、「ずくがある」か「ずくなし」かによって将来までも予告されてしまうほどであったという[78]。語源にはさまざまな説があるが、そのいくつかを以下に示す。
  • 「ずつ(術=手段・方法=能力)」の転訛とする説(小宮山説)[4]
  • 山梨県や下伊那で「足」「足の甲」を意味する「ずか」を語源とする説(青木千代吉説)[4][3]
  • 中信地方などで、「すねたり、意地を張ったりする」「ニワトリが卵を抱いて温める」ことを意味する「ずくねる」[93]と繋がっているとする説(福沢武一説)[4][94][95]
  • 「苦労する」「疲れる」を意味する古語「いたづく」の上略とする説(岩波泰明『諏訪の方言』)[94][95]
  • 「直立するもの」の名であった「つく」を語源とする説(柳田國男説)[3]
  • 「骨」を意味するという説(柳田國男説)[94][95]
すねくる
駄々をこねる、すねる
すべくる
つるりと滑る。例.道か° 凍ってる もんで よく すべくって あぶねー
…ずら、…だら、…ら
…だろう、…でしょうの意。このうち「…だら」は、1949年の『上下両伊那方言の境界線』や1980年の『上伊那方言集(改訂版)』では、太田切川以南(=駒ヶ根市赤穂以南)でのみ使われるとされていたが、その後北上を続け、1999年の調査では北端部、塩尻市との境まで分布が確認された[6]
ずるい
遅い。例.仕事の ずるい 人だ
すれる
仲が悪くなる
せーどない
騒がしい、うるさい
せこをかう、せこーかう
入れ知恵する。北部では「けしかける」の意味でも用いる。
せせじらみがくいついたよー
特別執拗に交渉または請求される場合
せせる、せせくる
集まってくっつく
せんねんよ
棟上げ祝いに餅を投げること。北部では餅の名称も同様に呼ぶ場合がある。
そーいだ
そういうわけだ。例.おめー そーいだでなー りょーけん してくりょよー
そーえ
そうですね
ぞぜーる
(1)甘える、(2)ふざける、(3)わがままを言う。南部では「どぜーる」とも。
そそくる
つくろう
そっぺか°ねー、そっぺもねー、そっぺなしだ
愛想がない
そのまんま
そのまま
ぞもぞも、ぞむぞむ
寒気を感じる
ぞろっぺー
だらしがない、投げやり
たーくらたー
間抜け
だいじょー
大丈夫
たける、たきる
獸類が発情して騒ぎ立てる
だだくさもねー
必要以上に大量にあるさま。例.お菓子を だだくさもねー 買っちまった
たたっからかす
めちゃくちゃ叩く
たたった
建った
(戸や障子を)たつ
(戸や障子を)閉める
(虹が)たつ、ふく
(虹が)出るの意。この表現は箕輪、伊那、旧高遠町三義、駒ヶ根市中沢、飯島などに散らばって分布する[4]
たっこねー
物言いが幼稚だ
だっちもねー、らっちもねー
つまらない、くだらない。例.だっちもねー ことー ゆーと わらわれるぞ
たっぽれる
(1)目的なくさまよう、(2)ボケる
…だに
…だよ
たねる
束にする
だまかす(1)
なだめる
だまかす(2)、だまくらかす
欺く
ためる
狙う
たるくさい、とろ(っ)くさい、とろい
まだるい
たわけ、たーけ
ばか者
たわけた、たーけた
愚かな
たんだ
ただ
たんと
たくさん
たんま
タイム
ちき°
秤(はかり)
ちびる
大小便を少し漏らす
ちゃっと
すぐに
…ちゅー
…という
ちゅーど
当時
ちょーちんや(提灯屋)
一旦筆を染めた字に、も一度手を加える(えどる)こと
ちょろっこい
要領が悪い
ちんじゅー
縮れ毛
ちんぼ
男性器
つく
浸水する
つくなる
力尽きてしゃがみこむ、立つに堪えないでうずくまる
つくねる
(1)積む・重ねる、(2)整理しないで物品を積んでおく
つっからかす
突きまくる
つぶ
タニシ。南部では「つぼ」とも。
つまい
窮屈だ。衣類等が窮屈な場合に使われる。「つまる」の形容詞化によって「つまい」が生まれたという。「つもい」を用いる地域もあり[4]
つめる
しめる、とじる、はさむ。例.戸で 手を つめる
つよ
てか°えし
こねどり
かさ、量。例.この かつぶしわ でか° あるなえ
…(だ)で、…(だ)もんで
…(だ)から
てしこ
(1)手段、(2)しまつ、(3)力量
てしょ
小皿
てっぺんずけ
最初に
でんきんばしら
電柱
てんずけ
最初から、いきなり
でんでんまっこ
ぐるぐると自分で回ること
でんぷに
多量に、贅沢に
どいれー、どえれー
ひどい、非常な
どーいで
どうして
とーし
篩(ふるい)
とーととと
鶏を呼び寄せる声
とーり
土間。南部では「にわ」とも言い、下伊那と接する地域では「にわ」の方が多い。
とか°める
治療すべきところを化膿させ、悪化させる
とき°る
尖る
とこ
たたみ
とこば
床屋。例.はやくとこばへ行ってこい
とっつく
到達する
とと
(1)鶏、(2)魚。例.白いマンマにととせーて食うとうまいなえ
どどめき、どんどぶき
小さい滝
とびっくら
かけっこ
とぶ
走る
どべ
最下位
とよ
雨どい
とりあべる
(1)いろいろと組み合わせる、(2)手持ちのものでなにかと間に合わせる
とろい
弱い
どやす
(1)腕ずくで強打する、(2)大声で叱りとばす
どろぼーぐさ
ヌスビトハギ。北端部では「ばか」とも。
どんど、どんどん、どんどっこ
水の落ち口、堰、滝壺
どんどやき
道祖神の火祭り
なかっせ
長男と末子との中間の子供
なききる
泣きに泣いて声も立たなくなる
なぜる、なぜくる
撫でる
なめくる
舐める
ならかす
ならす
なるい
(1)勾配が弱い、(2)寒さが穏やかだ、(3)感覚的に温和である
…なんしょ
…なさい。例.おやすみなんしょ
…なんだ
…なかった。例.行かなんだ
…なんでも、…んでも、…でも、…ども
…なくても
…に
(1)…よ、(2)…のに、(3)…から
にくたらかす
グツグツと長く煮る、形の崩れるほど煮る
にすい
未熟である
にどいも
馬鈴薯
にねんまいり
大晦日から深夜0時の年明けにかけて神社にお参りに行くこと
にばんせ
次男
にる
炊く
…にゃ、…にゃー、…な
…なければ
ぬくとい
暖かい
ねこのしっぽ
未子
ねっから
ろくに、まるで
のせ
傾斜
のり
傾斜面
はーるか
久しく、ながらく
はーるかぶり
久しぶり
はう
除草する
はずむ
大小便を催し堪え切れなくなる
ばっか
ばかり。例.俺ばっか怒られる
はっちらがる
先を争う
はっちる
(1)はねあがる、(2)張り切る
はつる
剃り落とす
はなる、はなーる
始まる
はならかす
離す
はねーる
始める
ばばい
汚い。例.てーてか° ばばいで あらっといで
はやいとこ
早く
ばら
野茨
ばらんけん
いい加減
はんじくなる
屈み腰になる。しゃがむ。南部では「ほんじょくなる」とも。
びしょってー
汚らしい。例.いかにも びしょってー しこーを して 来た もんだ
ひずこく、ひずーこく
苦労する。上伊那全域で使われているが、隣郡には拾われておらず上伊那独自の方言であるという。福沢武一は、岐阜県愛知県の方言で元気・勢力を意味する「ひず」との繋がりを指摘している[4]
ぴすけっと
ビスケット
ひだす
穀物を箕に入れ、ちりくずを出す
びちゃ(ー)る、ぶちゃ(ー)る、ぱいする、ほーる(1)、ほかす(1)
捨てるの意。北部では「さらける」、「ふてる」とも。「びちゃ(ー)る」「ぶちゃ(ー)る」は「打ちやる」がつづまったとする説、「うて(捨て)」に「やる」が結合し変化したという説がある。「ぱいする」の「ぱい」は「投げ捨てる」の擬態語[4]
ひとじゃく
一人前
ひとなる、しとなる
成長する。例.この 犬わ めた 食べる せーか どんどん ひとなるよ。「人」と「成る」が語源であるという[4]
ひどろっこい
眩しい
ひび
蚕のサナギ
ひまぜー
むだ手間
ひやかす
浸す
ひやめしこぞー
次男以下の子供
ひる
用をたす、大小便を排泄するの意。北部では「まる」とも。
ふっせ
種子を蒔かずに生えた野菜
ふんと
本当、確実
へー
(1)もう。南部では「はい」とも。(2)蠅
へつる
こっそり抜き取る
へぼい
程度が低い
へら
へりこじえる
過度の空腹で変調子になる、腹が減りすぎてかえって食欲を失ってしまう・もう何もする気力もなくなっている
ほーったね
ほーる(2)、ほかす(2)
投げる。「ほーる」は「はふる(葬る)」が語源である。「ほかす」は「放下(投げ捨てること)す」のつづまったもの[4]
ほきだす
吐き出す
ぼける
保存してある果実が柔らかくしまりがなくなる。例.このリンゴはぼけとっておいしくない
ぽこぺん
かくれんぼの一種
ほっそく
山奥
ほとーる
熱を持つ
ぼぼ
(1)ひとみ、(2)ネギの花、(3)人形、赤ん坊
ぼや、ぼさ
柴、枯れた小枝。南部では「もや」とも。
ほんなら
それなら。例.ほんなら俺はやめとくよ
ほんに
本当に
まーず
(1)とにかく、(2)先ず。例.まーず驚いた
…まいか
…しませんか(勧誘)。例.行かまいか
まえで、まいで、めーで
前方。例.めーでの 人の かけ°で めーなんだ
ましょくにあわん
働き損だ
まぜくる
混ぜ合わす
まっと
もっと
まつめる
(1)かわいがる・子どもをなつける、(2)集める・まとめる
ままやく
吃る
まめ
(1)大豆、(2)健康・丈夫。例.あねさんは ふんとにまめで たまげたよ
まるかる
丸まる
…まるけ
…だらけ
まんが
(1)稲こき機、(2)代かき用の馬鍬。南部では「万能鍬」の意味も。
まんま
…まま。例.いじらなんで その まんま 置いた
みー
見ろ
みえる
いらっしゃる
みじく
(1)意気地がない、(2)未熟
みして
見せて
みしょ
見せろ
みやく
磨く
みやましー
(1)甲斐甲斐しい、勤勉な、よく働くこと。例.あの 人わ 何をやっても みやましー 人だ。(2)体裁が良い。上伊那地域では「磨く→みやく」といった音韻変化があるが、それと同様な変化として「みがましー→みやましー」となった可能性を福沢武一は指摘する(「みがましー」は上伊那の「みやましー」と同様の意味で愛知県や静岡県で用いられる)。また一方で福沢は、「(他の甲斐甲斐しさを目にし)み(=おのれ自身)をせめる」から「みやむ」という動詞が成り立ち、「みやましー」が成立した説も唱えている[4]
みんなして
皆で
むく
(1)まるで…ない、(2)雛をかえす
むしっぽい
(1)蒸し暑い、(2)気むずかしい、(3)吐き気がする、(4)虫がいるのか子供がむずかりがちである
むせっぽい、むせったい
むせそうである
むらう
貰う
めこじき
ものもらい
めそめそどき
たそがれ
めた、めためた
やたらに、ひっきりなしに。例.今日わ めた 人か° 来て 忙しかった
めめぞ
みみず
もーる
漏れる
もちーいく
取りに行く
もみついて
すずなりに
ももっか
化け物
もんも
お化け
やいやい
おいおい、おやおや。例.やいやい大変なことになった
やえる
重複する。「八重」を動詞化したもの[4]
やくざ
何も仕事のできない人、またしない人
やしむ
叱る。例.しょーか° つくよーに うんと やしまれるか° いーわ
やたかましー、やたかしー
騒々しい
やっこい
柔らかい。北部では「やこい」、南部では「やーこい」とも。
やっぱ、やっぱし
やっぱり
やんか
(1)ふざけること。例.あいつも やんか こぞーだで よわる。(2)こごと
ゆいつける
結びつける、縛りつける
ゆー
言う。ゆわ-(未然形)、ゆい-(第1連用形)、ゆっ-(第2連用形)、ゆうぇー(目的形)、ゆやー・ゆうゃー・ゆうぃゃー(仮定形)、ゆうぇ(命令形)[5]
戸主権。例.むすこに よをゆずる
よーせー
弱い
…よか
…より、…よりかも。例.それよか こっちの 方か° いーぜ
よけー
余分。例.よけーにとっておいた
よじめる
縮める、開いたものを狭くする
よせる
(洗濯物を)取り込む
よたっこ
乱暴者
よど
よだれ
よばる
呼ぶ、招待する
よべーぼし
流れ星。「夜這い星」の転訛[4]
よりあう
協力する
らくになる
死ぬ
れろ
わかされ
道の分岐点
わきゃーねー
容易だ。例.そんな こと く°れー わきゃーねーぜ
わく°む、わこ°む
歪む、曲がる
わし
…ん
(1)…の、(2)…ない(否定)、(3)…ないか(勧誘)
…んならん
…なければならない

北部系方言と南部系方言

[編集]

福沢武一によると、上伊那の方言は北部系・南部系がはっきり識別される[4]。以下に北部系方言と南部系方言の分布を示す。

なお北部系には、北部地域にまとまって分布する語彙のほか、諏訪、松本方面に色濃く上伊那以南に少ないものも含み、また南部系には南部地域にまとまって分布する語彙のほか、下伊那方面に色濃く上伊那以北に少ないものも含む。

表の使用地域は畑美義『上伊那方言集』による10区画から代表地点を一地点ずつ選び、その地域での使用の有無を示したものである。表にはないが、南箕輪村及び駒ヶ根市中沢の方言語彙については以下の書籍に詳しい。

  • 南箕輪村:南箕輪村誌編纂委員会(1984年)『南箕輪村誌 上巻』
  • 駒ヶ根市中沢:北原貞蔵(2004年)『暮らしとことば』

北部系

[編集]

参考文献:[80][69][9][4][96]

語の分布は主に以上の文献に従った。また、各地域の方言集[90][71][24][97][85][87][98][91]も参照している。
◎…その地域の特徴語
○…その地域での語の使用が認められる
△…一部の文献で使用を認めるが認めない文献もあり。もしくは複数の文献で使用を認めるが使用頻度が低いと思われる
×…その語は用いられない
語彙 意味 使用地域
小野 辰野 箕輪 伊那 高遠 長谷 宮田 赤穂 飯島 中川
あおる 箕を使って穀物とゴミをえりわける × × ×
あかす 誘う × × × × × ×
あかなす トマト × × × × ×
あけくずすようだ 雨が烈しく降るさま × × × ×
あさじゃ 朝食前の簡単な食事 × × ×
あずくみ、あずきみ あぐら × × ×
あった × × ×
あっちこっち あべこべ × × × ×
あらこ 開墾地 × × ×
あわたけ アミタケ × ×
あわばな オミナエシ × ×
あんねに あんなに × × ×
い? え?(聞き返し) × × × × × × × ×
いーつける 結びつける、縛りつける × × × × ×
いくずす 住んでいるうちに家屋を汚す
住んでいるうちに家屋を痛める
× × × × ×
いけん ダメ、いけない × × × ×
いしっかてー 非常に意志が固い × × ×
いちまき 血統、一族 × × × × ×
いちゃつく あわてる × × × × × × × × ×
いつく 泥が固化する × × ×
いっぴょーし 一気 × × × × ×
…いと、…いとに …うち、…あいだに × × × × ×
いどころね うたた寝 × × × ×
いぬこ°、いのこ°、えのこ° リンパ腺炎 × × ×
いぼーつる、いぼつる すねる × ×
いもすこし も少し × × × ×
いれこ 混作 × × × ×
うしんぼ × × × ×
うっつい 美しい × × × ×
うぶめし 出産直後に祝う飯 × × ×
うまいれ 耕作地の公共路 × × ×
うんでんさま 個人または同族の守り神 × × × × × ×
うんね いいえ × × × × × × ×
えーしくる かまう、相手になる × × × × × ×
えせみ 嫉妬 ×
えそーか°ある 愛想がいい × × × ×
えぶる ゆする × × × ×
えもく°せー 布類の焼ける匂い × × ×
えんか° 縁側
おいしさそー 美味しそう × × × × × ×
おえー 本家 × × × × × ×
おーたば 大柄な言葉 × × × ×
おーまくらい、おーまくり 大食家 × ×
おかんだっつぁま × × × ×
おくみ、おくめ 人見知り × × × × × ×
おこと 2月8日 × × × ×
おさんど、おさんどん 炊事 × × × × ×
おちゃっこき お世辞をよく言う人 × × × × ×
おつくべ、おつんぶ 正座 × × ×
おっさま おじさん × × × ×
おっとさま、おっとさん 父親 × × × ×
おてんこ お手玉
おとこんば おてんば × × × × × ×
おなしかった 同じなら × × × × × × × × ×
おなじくちゃ 同じでは × × × × × × × × ×
おなじければ 同じなら × × × × × × × × ×
おはく°ろおや 嫁の親分 × × × ×
おへき° お盆(給仕用) × ×
おめー お前の家 × × × × ×
およこ°し 和え物 × × × × ×
おんなしょ × × ×
おんなしょー 女衆 × ×
おんばーむし てんとう虫だまし × × ×
…かい …か
かかしらう、かかしろー からかう × × × ×
かくねる 隠れる × × × × × × × ×
かけっこ 賭け事 × ×
かもー いじめる × × ×
かんかる 軽々 × ×
かんば 白樺の皮 × × ×
かんます かき回す × × ×
ぎざか°わりー、ぎざくそわりー 縁起が悪い × × × × × × ×
きしゃご おはじき
きっきと(働く) 休みなく(働く) × × ×
きのうな きのう × × × × ×
くき°ぞー × × ×
くせ 農業の病気
くちぼそ × × ×
ぐやぐや 数多く集まったさま × × ×
けーくれ 全然、一瞬のうちに × × × × × × ×
けたくる、けったくる けりつける
げーに 強く、きつく × × ×
げす 肥やし水 × × × ×
けもしー あきあきとした × × × × × × × × ×
ごーまく 嵩ばること × × × × × × ×
こか°、みずこか° 大きい深い水おけ × × ×
…ござんす[3] …ございます × × ×
こすんぼ 悪がしこい人 × × ×
こば 山の仕事の荷場 × × ×
こぶる 味噌玉をつきこむ × × × × ×
ごまい 悪がしこい
ごまいし 花崗岩 × × ×
こまそだて 大勢の子供を育てること
幼児の教育
× × ×
こむそ(ー)
こもそ(ー)
(1) オンブバッタ
(2) 精霊バッタ × ×
(3) イグサで編んだ雨具 × × ×
…ごめ、…ごめー …毎、…ごと × × × × ×
ごんばな、ごっぱな たくさんな鼻汁
太い鼻汁
× × × × ×
こんぼこ 幼児 × × ×
こんまい 小さい × × × ×
さなけ°る 探す × × ×
さなこ° × × ×
さらける 捨てる × × × × ×
さわさわ 落ち着きのないさま × × × × ×
さんけ°ーち 竹馬 × × × × × ×
さんじ 通知 × × ×
さんぱーて、さんばーて 俵の小口へあてるもの × × ×
…し …なさい
…じ …ぞ × × × × × × ×
しーなびる しおれる、ちぢむ × × ×
じっさ 老人(男) × × ×
じなし ぼけ × × ×
しぶい 滑りが悪い × × ×
…じゃー …しようではないか(勧誘) × × × × × ×
しょいこ ワラ製の背負い袋 × × × ×
しょくしあけ°る 告げ口する × × ×
しょっぺー 塩辛い × × × ×
しらしら こちょこちょするさま × × ×
しりのこ 直腸 × × ×
しんしょーまわし 世帯主 × × ×
しんのぶい 図々しい × × ×
すっぽー 筒袖 × × ×
ずべる 怠ける × × ×
せこをかう、せこーかう けしかける × × × ×
せんねんもち、せんねんよ 棟上げ餅 × × × ×
そーせ そーさ × × × × × × × × ×
そーろだち、そーめんだち 密生 × × ×
…ぞい …ぞ × × × ×
そべる 寝そべる × × × × × ×
ぞもぞも 虫などの動くさま × × × × ×
…ぞよ …のだよ × × × × × ×
たかす たからせる × × × ×
…だんね …ですよ × × × × × × × × ×
だんま、おだんま お手玉 × × × × × × × ×
ちがしぬ 内出血 × ×
ちみち 親類 × × × ×
ちょーなっくび 前方に突き出た首(鎌首)
ちょーらかす じゃらす
ちょーれる じゃれる
つとっこ ふくらはぎ × × × × ×
つぼどこ 庭園 × × ×
でかさわき° 大騒ぎ × × × × ×
でかばちもねー ひどく大きい × × × × × ×
てのき°、てぬき° 手ぬぐい × ×
てんぽ 手を失った人 × × × × × ×
てんぽーせん(天保銭) マヌケ、愚か者 × ×
…どー …だよ × × × × × × ×
どぶす 寝る × × × × × × ×
どん、どんけ 最下位 × × ×
とんぽく°さ 露草 × × ×
…ない …ね、…ねえ × × × ×
…なえ …ね、…ねえ
なる 野菜のツルを巻きつかせる棒 × × ×
なんたらず 何ともありはしないのだ × × ×
なんちょ なんで × × ×
にやさま 二十二夜尊のお祭り × × ×
ぬき 家の軒 × × ×
…ねーけりゃー …なければ × × × ×
ねき°さま カマキリ × × ×
ねこずり、ねこすり ねこそぎ(ねこそげ) × × × × ×
のーなし 怠け者 × × × × ×
のくとい 暖かい × × × × × ×
ばー 祖母 × × ×
ばーくろ そばかす × × × ×
ばか ヌスビトハギ × × × × × × × × ×
はけ°かん ハゲ頭 × ×
はぞ 稲架 × × ×
はぞあし 稲架の支柱 × ×
はぞき° 稲架の横木 × × ×
はそん 修繕
はちあがる 登る × × ×
ばらざくれ 点々と続いている浅い傷
ひーてー 一日中
ひきずり 無精者 × × × × ×
ひくば こまげた × × × × ×
ひじろ いろり
ひとまねこじき 人の真似をする人
ひのぬき 真昼間 × × × ×
ふーきんだま 紙風船 × × × × × ×
ふえふき スズメノテッポウ × × × ×
ふえふきく°さ スズメノテッポウ
ぶっこむ 混ぜる × ×
ふてー、ずぶてー 図々しい × × × ×
ふてる 捨てる × × × × ×
ぶに 分け前 × × × × ×
べーさ 丸太 × × × × × ×
へーし × × × ×
へびのまくら うつぼ草 × × ×
へんで 急いで × × × × × × × × ×
ぼーうち 脱穀 × × × ×
ほーかい そうですか × × ×
ほーかね そうですか × × ×
ほーく°い 副食物なしで飯を食うこと × × × ×
ほける 成長する
ほろける 寝ぼける
もうろくする
× × × ×
まーこ、まーま おんぶ × × × × ×
…ましねー …ません ×
まちる 待つ × × ×
まつごみ 枯れ松葉 × × × ×
まつまる 子供がなつく × × × × ×
まめっこい ごく小さい × × ×
まる 便をする × × ×
まんの(ー)か°、まんのー 万能鍬 × × ×
みく°さい 見苦しい × ×
みねぞー いちい × × ×
みみっと 蟻地獄 × × × × × ×
みょーらみょーら ひどく病弱なさま × × × × ×
もこ°い かわいそう
もこ°っちねー いたましい × × ×
もじゃける くしゃくしゃにする × × × ×
ももね
やくなげ 厄落とし × × × ×
やこい 柔らかい × × × × × × × ×
やだこと いやなこと × × × ×
やのあさって 明々後日 × × × × × × × × ×
ゆきおんば 雪夜の妖婆(雪婆) × × ×
よへーじ 茸の一種 × × ×
りこーぼー ぬめりいくち × × × ×
わにる、わにわにする(しる) ふざける
…んけりゃー …なければ × × ×

南部系

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参考文献:[69][9][7][4][96]

語の分布は主に以上の文献に従った。また、各地域の方言集[90][71][24][97][85][87][98][91][99]も参照している。
◎…その地域の特徴語
○…その地域での語の使用が認められる
△…一部の文献で使用を認めるが認めない文献もあり。もしくは複数の文献で使用を認めるが使用頻度が低いと思われる
×…その語は用いられない
語彙 意味 使用地域
小野 辰野 箕輪 伊那 高遠 長谷 宮田 赤穂 飯島 中川
あいそしー 愛想がいい × × × ×
あおしゃんぶれた 青ざめた × × ×
あおたく あおむく、ぼんやりしている × × × × × × ×
あおろじ 青大将 × ×
あくと かかと × × × × × × ×
あさっぱち 早朝 × × × × × ×
あしをおくずしないしょ あぐらをかいて下さい × × × × × ×
あつに 魚とあらと一緒に煮た大根汁
あっぱ 終わり × × × × × × ×
あっぽしる 物をしまう × × × × × × ×
あにー 年輩の男を呼ぶ称 × × × × × × ×
あにーちゃ、にーちゃ × × × × × ×
あにーま、にーま × × × × × × ×
あねーま、ねーま × × × × × × ×
あねさ 人妻
あぼ あぶ × × × × × × ×
あまえん えんがわ × × × × × ×
あらす 新品 × × × × × × ×
…あります …ございます × × × × × ×
あわいくち、いくち あみたけ × × × × × × ×
いおき 蚕が眠りから覚めること
いかき ざる ×
いきみ 陣痛
いき°れ、えき°れ 夏の赤切れ
いきれる 調子づく × × × × × ×
いく°る 睡眠中に体を動かす × × × × × × ×
いこ 眠っている蚕 × × × × × ×
いしけない (1) 食いしん坊だ × × × × × ×
(2) 口がむさい × × × × × × × ×
いしこ°つ 石が多いさま、石の堆積 × ×
いじゃる ざる × × × × × × × ×
いせる、えせる 自分の行動をわざと見せる
あくどいことをする
× × × × ×
いちえ イチイ × × × × × ×
いちゃつく 子供などが調子づいて騒ぐ × × × × × × ×
いどむ 妬む × × × × × ×
いややく 墓の穴掘り当番 × × × × ×
うえー わきが
うしぼったろ ホタルの幼虫 × × × × × × × ×
うすいた 経木 × × × × × ×
うそのろ 愚かな × × × × × × × ×
うっそり、うっそれ 馬鹿 × × × × × ×
うな 牡鹿
うばれる 赤ん坊が背負われる × × × × × × ×
うまかりそー うまそう × × × × ×
うやす、うやる くすぶり黒くなる
盛んに煙を立てる
× × × × × × × ×
うら 後ろ × × × × × × ×
うらじゃける ただれる
うるさったい うるさい × × ×
うんま 背負ってもらうこと × × × × × ×
えーまち 怪我 × × × × ×
えき°ら × × × × × × × ×
えましむき° 大麦 × × × × × × × ×
えんこ° 縁側
えんばな 家の上り口 × × × × ×
おありる おありになる × × × × × ×
おいな いらっしゃい × × × × ×
おーずら えらそうな顔 × × × ×
おかーちゃ 母親 × × × × × ×
おかーま 母親 × × × × × ×
おかえぼん お盆(給仕用) × × × × × ×
おかしま 正座 × × × ×
おかど 大家に従属する小作人 × × × × × × × ×
おくでー 奥座敷 × × × × ×
おこじはん 午後の間食 × × × × × × ×
おこびる 昼前の中間の軽い食事 × × × × × × ×
おさっぱ、おしゃっぱ おしまい × × × ×
おさなびらき 田植え始め
おさなぶり 田植えの終わり × × × × × ×
おしー 欲しい × × × × × × ×
おじーちゃ 祖父、老爺 × × × × × ×
おしなこ° お手玉 × × × × × × × × ×
おしろもの 年ごろの娘 × × × × × × × ×
おたま お手玉 × × ×
おたりんさ 低脳な人 × × × × × ×
おちゅーはん 午後の間食 × × × × × × × ×
おったて 霜柱 × × × × × × ×
おてのこ 手のひら
おとーちゃ、とーちゃ 父親 × × × × × ×
おとーま 父親 × × × × × × ×
おばーちゃ 祖母、老婆 × × × × × ×
おはっとー 汁と共に煮たうどん × × × × × × ×
おびしさま 尼さん × × × × × ×
おまちて お待ち下さい × × × × × ×
おもずな 手綱 × × × × ×
おもらもち もぐら × × × × × × ×
およりて お寄りください × × × × × ×
おらん 居ない × × × × ×
おる 居る 使用頻度低
おわえる 追いかける × × ×
おんなざしき 炉ばたの主婦の座席
おんべ どんど焼き × × × × ×
かーらっち 粘土
かいと
がいろっぱ、げーろっぱ オオバコ × × × × ×
かき° 泥棒 × × × × × × ×
かきまぜ 五目飯 × × × × × × ×
かきやす かき回す × × ×
がせー かさ、分量 × × × × × × ×
かぜんぼー 葉を取り去った桑の棒 × × × × × × × ×
かとえる 待ち合わせる、飢える
…かな …か、…かね × × × × × ×
がなる どなる
かまける 愚痴を言う
心配する
引け目を感じ、いじける
× × × × ×
かわらんべ、かーらんべ 河童 × × × × × × ×
かんじく°さ カンゾウ × × × × × × ×
かんじらく°さ、かんずらく°さ カンゾウ × × × × × × ×
ぎじぎじむし カミキリムシ × × × × × ×
きつねつつじ おにつつじ × × × × × ×
きぶる 機嫌悪く振る舞う ×
きまめだ かいがいしい × × × ×
ぎゃらしー いやらしい × × × × ×
きゃんきゃん おしゃべり × × × × × ×
ぎょーさん たくさん × × × × × × ×
きりばん まな板 × × × × × ×
くき° 稲架の支柱 × × × × × × ×
くき°(ん)ぼー、くいぼー 稲架の支柱 × × × × × × ×
くずす あぐらをかく × × × × × ×
くすばっこい くすぐったい × × ×
くね × × × × × × ×
くよる くすぶる × × × × × × × ×
くろじに 内出血 × × × × ×
…け …か × × ×
けちょつく、けちょけちょ 落ち着きがない、こせこせすること × × × × × ×
けつける つまずく × × × × × × ×
けなぶる 馬鹿にする × × × × × × × ×
けなるい 羨ましい × × × × × × ×
けん めんこ × × × × ×
こいの 野良着
こーしいも 馬鈴薯 × × × × × × × ×
こーと 柄の地味 × × × × × ×
ごかき 熊手 × × × × × × × × ×
こき°り 田の土を細かくたたく作業 × × × × ×
こじきのすいもの 漬物に湯を注いだもの × × × ×
こせみち 畦道 × × × × × × ×
こっぺー ひどい目
こんきー 息苦しい × × × × × × ×
ごんど ゴミ、塵埃 × × × × × × ×
さいぼーふる 指図する × × × × ×
さけ°もっこ 二本の棒の間に藁縄の縄を張り、物を乗せ二人で運ぶ道具 × × × × × × ×
さぶしみまい 葬式後1か月後頃までにする見舞 × × × × × × ×
さむさいぼ 鳥肌が立つ
さらけ°る 探す × × × × ×
じー × × × × × × ×
しか°さって 明明後日 × × × × × × ×
しくた 下繭 × × × × ×
じじ 小便 × × × × × × ×
じち 記憶力
しみずいど
しもでー 下座敷 × × × ×
じゃんこ あばた
しんまき 未亡人の所へ来た夫
すか°き 熟蚕 × × × × × ×
すこやか 立派なこと × × × × × × ×
ずこんぼ かまっか × × × × × ×
すそよけ 女の腰巻き
すびる しなびる × × × × × ×
ずるずるいも 長芋の幼児語 × × × × × × ×
すんでのこと あわや、既に × × × ×
ずんもーる 雪の中へ足を踏み入れる × × × × × × × ×
せこつく あくせくする × × × × × × ×
せっきかい 年末の買い物 × × × × ×
せなし しないで × × × × × × ×
せまい しよう × × × × × ×
せめ 仕事の終わり
せろ しろ × × × × × × ×
せん しない × × × × × × ×
…せん 婉曲打消表現 × × × × × × ×
せんしょ 物好き × × × × ×
せんしょー でしゃばり、おせっかい ×
そびえる、そべーる ふざける × × × × × × × ×
そよも 冬青 × × × × × × ×
そらっこと × × × ×
…た …たち × × × × × × ×
たいき°、たいけ° 疲労 × × × × × × ×
だえろ カタツムリ × × × × × ×
たかたかうんぶ 肩車 × × × × × × ×
たかたかゆび 中指 × × × × × ×
だちゃあかん、
らちゃあかん、
だちかん
ダメだ
どうしようもない
らちがあかない
たったと はかどるさま × × × × × ×
だるま 肩車、売春婦 × × × × × × × ×
だんなざしき 炉辺の主人席 × × × × × × ×
ちにくる、ちねくる つねくる × × × × × × ×
ちゃのこ お茶菓子、間食 × × × ×
ちゃりる ふざける × × × ×
ちんき°る ちぎる × × × × × ×
ちんこ°ろ 片足とび × × × × × × × ×
つく 支柱 × × × ×
つなみ 桑の実 × × × × × × ×
つぼ タニシ × × × ×
つる 持ち上げて運ぶ
つるね 尾根の続き × × ×
てばなっこ 手放しで、紐を使わずのおんぶ
でんぐるま 宙返り × × × × × × ×
てんじく 天、空 × × × × × × × ×
てんびん 肥桶 × × × × × ×
どえる 蒸す、蒸し暑い × × × × × × × ×
とー 早く × × × × × × ×
どーねき 強情
始末に負えない人
横着者
× × ×
とちむすび こま結び × × × × ×
どむ 疥(顔の皮膚病) × × × × × × ×
…な (1) …だ × × × × × ×
(2) …の × × × × × ×
…ない、…なえ …なさい × × × × × ×
…ないしょ …なさい × × × × × ×
名古屋ナモシ …なー …ねえ(敬意をこめる) × × × × × ×
…なーし、…なし × × × × × ×
…なむ × × × × × ×
…なむし × × × × × × × ×
…なもし × × × × × × ×
…なんし × × × × × × ×
なめ 地面の凍っているところ × × × × ×
…なむほい …ねえ(重ねた呼びかけ) × × × × × × ×
なる 稲架の横木 × × × × ×
なんしょかんしょ 何でもかんでも
何しろかにしろ
にこ°し 白水 × × × ×
にすい 弱い
にわ 土間 × × × × ×
ねーさま おんぶばった
ねこ あいこ × × × × ×
ねこのつめ つめれんげ × × × × × × ×
ねずけ うぶ毛 × × × × × × × ×
ねぶる なめる × × × ×
ねやねや 混み合う様子
のす 登る × × × × × ×
はい もう × × × × × × ×
はざくき°、はざくい 稲架の支柱 × × × × × × ×
はしか のぎ × × × × × × ×
はだてる 発起人となる
はっこ 蟻地獄 × × × × × ×
はばえる 葉がしおれる × × × × × ×
はやす 卵をかえらせる × × ×
ばんぞー 取引仲人 × × × ×
びー 婦人(卑語) × ×
びーさま 尼さま × × × × × ×
ひーとい 一日中 × × × × × ×
びーどろ ガラス製のおはじき × × × × × ×
ひかん 大地主に仕える小作人 × × × × × × ×
ひけ°、とけ° のぎ × × × × × × × × ×
ひのくれしま たそがれ時、日没時 × × × × × ×
ひょーる ボールなどが弾む × × × × × × × ×
ひょーっている 落ち着きのないさま × × × × × × ×
ふたく° 塞ぐ × × × × × ×
ぶるくる つるす × × × × × ×
へこ 度胸 × × × × × × × ×
へち ふち × × × × ×
へびじゃくし テンナンショウ × × × × × × × ×
へんか°かーる 病気が悪化する × × × × × × ×
ほーたる、ほーたろ
ほい 呼びかけ語 × × × × ×
ほいずら 泣きつら × × × × ×
ほた
ほっこりしない(しん、せん) 病状がはかばかしくない × × × × × ×
ほっそくね 山の麓 × × × × × × × ×
ほつる 穂屑 × × × ×
ほつろく 痩せた人 × × × × × ×
ほでうり 屑物売り
ぼぼさ でく人形 × × × × × × ×
ほんじょくなる しゃがむ
ほんやく 葬式のとき棺を担う人 × × × × × × × ×
ほんやり どんど焼き × × × × × ×
…ま …様 × × × × × ×
…まい …しませんか(勧誘) × × × ×
まんか° 万能鍬 × × × ×
まんだ まだ × ×
みしっかい 見次第
みしる むしる × × × ×
みぞ 針孔 × × × ×
みそっつぶれ 柿などが落ちてべたりと潰れたさま × × × × ×
みちあけ 嫁の親類まわり × × × × × × ×
むっさり 無愛想 × × × × × × × ×
めく°り 月経 × × × × ×
めだか、めたか トノサマガエル × × × × × ×
もえきじり 燃え残り × × × × × × ×
もっくら、もっくり もんぺ × × × × × × ×
もや 柴、枯れた小枝 × × × × × × × ×
やーこい 柔らかい × × × × × × × ×
やく°い か弱い × × × × × × × ×
やや 赤ん坊、女の赤ん坊 × × × × ×
ややさ 乳児(女) × × × × × × ×
ややける あわてる × × × × × ×
ゆるり いろり × × × × ×
よいだれ 宵っ張り × × × × × ×
よー よく × × × × ×
よーきをくう
よーきあたり
気候の変わり目に負ける病気
熱中症
暑気あたり
よどろ 竹の枝 × × × × × ×
よめさん、よめさま ネズミ × × × × × × ×
らくだいも 長芋 × × × ×
らんごく 乱雑なさま × × ×
わや 幼児がぐずる × × × × × × ×

じゃんけんの方言

[編集]

共通語の「じゃんけん」には「ちっち」が全域で用いられるが、散点的なものなどに以下のものがある[5][4]。なお、2010年代の調査では方言形は縮小し、「じゃんけん」が多くなってきている[12]

  • しっこ
  • しっこっぺ
  • しっし
  • しょっけ
  • しょっこ(箕輪町特有の方言であり、2010年代の調査でも比較的色濃い分布をみせる[96][12][4]
  • しっぺ
  • しょー
  • せっせ
  • ちっこはい
  • ちっこっぺ、ちっこんぺ
  • ちょいちょい(男児向き)
  • ちょーあい、ちょーいす
  • ちょこ
  • ちょっぺ

「じゃん・けん・ぽい」の掛け声には以下のものが用いられる[4]

  • ちっち類
    • 3拍子
      • ちっ・ちし・てん
      • ちっ・ちっ・せ
      • ちっ・ちっ・ち
      • ちっ・ちっ・ほい
      • ちっ・ちっ・ぽい
      • ちっ・ちで・ほい
      • ちっ・ちの・ひょいと
      • ちっ・ちの・ほい
    • 5拍子
      • ちっ・ちっ・ち・の・せ
      • ちっ・ちっ・ち・の・ち
      • ちっ・ちっ・ち・の・ほい
      • ちっ・ちっ・ち・の・ぽい
  • しっし類
    • 2拍子
      • しっ・しっ
    • 3拍子
      • しっ・しっ・しっ
  • しょっこ類
    • 2拍子
      • ちっ・こ
      • ちょっ・ぺ
    • 3拍子
      • しっこ・ぺいの・ぺい
      • しょっ・こ・えい
      • しょっこ・ぺんの・ぺん
      • ち・こっ・ぺ
      • ちっ・こ・ほい
    • 6拍子
      • しっ・こっ・えい・しっ・こっ・ぺ
  • ちょーあい類
    • 3拍子
      • ちょー・あい・こ
      • ちょー・あい・つ
      • ちょー・い・せ
  • ちょいちょい類
    • 3拍子
      • ちょい・ちょい・せ
      • ちょい・ちょい・ちょい
    • 4拍子
      • ちょい・ちょい・ちょい・よ
    • 5拍子
      • ちょい・ちょい・ちょい・の・せ
      • ちょい・ちょい・ちょい・の・ちょい
      • ちょい・ちょい・ちょい・の・ほい

会話例

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友人Aが友人Bを飲みに行こうと誘う場面

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出典:[100]

共通語訳
A:○○、ちょっと、飲みに行かない?
B:仕事から帰ってきたばかりだから、あとでいい?
A:それなら、ちょっと休んだら、メールくれない? 駅前の○○で待ってるから。
B:そう。それじゃ、あとでね。
A:車、ダメだよ。
B:わかっているよ。大丈夫。
伊那市西町(47歳女性、2016年収録)
A:○○、ちょっと、のみに いかん?
B:いま、しごとから かえってきたばかりだもんで、あとで いい(かや)?
A:ほいじゃー、ちょっと やすんだら、メール くれん? えきまえの ○○で まってるで。
B:(ほーかい)、ほんじゃー(あとでなえ)。
A:くるま、だめだに。
B:わかってるよ、だいじょーだ。
駒ヶ根市東町(57歳男性、2015年収録)
A:○○、ちょっと、のみに いかんけ?
B:いま、しごとから かえってきたばかりだで、あとで いいけ?
A:ほいじゃー、ちょっと やすんだら、メール くれや? えきまえの ○○で まっとるで。
B:ほーけ、ほんじゃ あとでな。
A:くるま、だめだに。
B:わかっとるで、だいじょーだ。

友人Aと友人Bの会話

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A、Bは友人同士。ともに年配の男性。朝、AがBを起こすところから始まる(出典:[5][6])。

共通語訳
A:おい、早く起きろ。もうじき夜が明けるぞ。
B:ううん。なんだ。まだ暗いじゃないか。出掛けるまで2時間もあるじゃないか。
A:何を言っているんだ。もう1時間しかないぞ。お前の時計は遅れているに違いない。
B:なぜそんなに急ぐんだ。ゆうべはあのように遅くまで起きていただろう。
A:早くしないと昼までには町につけないぞ。
B:眠たくて起きられないんだ。もう少し寝かせておいてくれ。
A:きのうは何も支度をしてないんだろう?まだかばんに詰めたりいろいろなことをしなければならないではないか?
B:それもそうだ。
A:7時のバスに乗らないと、大変なことになるぞ。早く起きないか。
B:しょうがないなあ。じゃあ、起きることにするか。
A:早くしろ。僕はいつでも出掛けられるぞ。
B:きのうのうちに用意しておかなかったのは確かに間違いだった。
A:文句を言ってないで早く起きろ。
辰野町小野(明治25年生まれ男性、1975年収録)
A:やい。はやく おきろ。へー じき よか° あけるぞ。
B:んーん。なんだ。まだ くれーじゃ(ー) ねーか。でかけるまでにゃー にじかんも あるじゃ(ー) ねーか。
A:なにょー こいてるだ。へー いちじかんしか ねーぞ。てめ(ー)の とけ(ー)わ おくれてるに ちげーねー。
B:なんで そんねに いそぐだ。ゆんべなー あのくに おそくまで おきてたずらー?
A:はやく しね(ー)と ひるまでにゃー まちー つけねーぞ。
B:ねぶったくて おきられねーだ。もーちっと ねかしといとくりょ。
A:きのーなー なんにも よーいして ねーずら?まだ かばんえ つめたりなんか いろんな ことー しにゃー ならねーじゃ ねーか。
B:それも そーだ。
A:ひちじの ぱすえ のらね(ー)と えれー ことん なるぞ。はやく おきねーか。
B:しょーねーなー。ほいじゃー おきることに しるか。
A:はやく しろ。おらー いつでも でかけられるぞ。
B:きのーなの いとに よーいして おかなんだなー たしかに まちげーだった。
A:もんく いってなんで はやく おきろ。
伊那市長谷溝口(明治39年生まれ、40年生まれ男性、1975年収録)
A:やい。はやく おきろ。へー じき よか° あけるぞ。
B:んーん。なんだ。まんだ くれーじゃー ねーか。でかけるまでにゃー にじかんも あるじゃー ねーか。
A:なにょー こいてるだ。へー いちじかんしゃー ねーぞ。おめーの とけーわ おくれてるに ちげーねー。
B:なんで そんねに いそぐだ。ゆーびゃー[101] あんねに おそくまで おきてたずら?
A:はやく しねーと ひるまでにゃー まちー つけねーぞ。
B:ねむくて おきれねーだ。いまちっと ねかしといとくりょーやい。
A:きのーわ[102] なんにも したくを して ねーら?まんだ かばんうぇ いれたりなに いろいろな ことー しねーけりゃー[103] ならんじゃー ねーか。
B:それも そーだ。
A:ひちじの ぱすうぇ のらねーと えれー こんに なるぞ。はやく おきねーか。
B:しょーがねーなー。そいじゃー おきると しるか。
A:はやく しろ。おりゃー いつでも でかけられるぞ。
B:きのーの うちに よーいして おかなんだなー たしかに まちげーだった。
A:もんく いってなんで はやく おきろ。
伊那市富県(明治39年生まれ男性、1975年収録)
A:やい。はいく おきろ。へー じき よか° あけるぞ。
B:んーん。なんだ。まんだ くれーじゃ ねーか。いくまじゃー にじかんも あるじゃー ねーか。
A:なにょー ゆってるだ。へー いちじかんしゃー ねーぞ。おめーの とけーわ おくれてるに ちげーねー。
B:なんだって そんねに いそぐだ。ゆーびゃー[101] あのくに おそくまで おきてつら?
A:はいく しねーと おひるまでにゃー まちー つけねーぞ[104]
B:ねむくて おきれねーだ。いまちっと ねかしといて くりょー。
A:きんのーわ なんにも したくして ねーら?まんだ かばんいぇ つめたりなんか いろいろな ことー しにゃー ならんじゃー ねーか。
B:それも そーだなー。
A:ひちじの ばすいぇ のらねーと えれー ことん なるぞ。はいく おきねーか。
B:しょーがねーなー。そいじゃー おきると しるか。
A:はいく しろ。おりゃー いつでも いけるぞ。
B:きんのーの うちに したくして おかなんだなー たしかに まちげーだったよ。
A:もんくを ゆってなんで はいく おきろ。
宮田村北割(明治41年生まれ男性)
A:おい。はやく おきろ。へー じき よか° あけるんだぞ。
B:おー、なんだ。まんだ くらいじゃ ねーか。でかけるまでにゃー にじかんも あるんだぞ。
A:なにょ ゆっとるんだ。へー いちじかんきり ねーだ。おめーの とけーわ おくれて おるんじゃー ねーか。
B:なんで そんねん あわてるんだ。ゆんべわ あんねん おそくまで おきとっつら?
A:はやく しねーと ひるめしまでにゃー まちえ つけんぞ。
B:ねむくて おきれんじゃー ねーか。もーちっと ねかせて おいて くりょよ。
A:きにょーわ なんにも したくを して ねーんずら?まんだ かばんに えれたり いろいろ しにゃー ならんじゃー ねーか。
B:それも そーだ。
A:ひちじの ばすに のらねーと えれー ことに なるぞ。はやく おきんか。
B:しょーが ねーなー。それじゃー おきると しるか。
A:はえー こと しろよ。おりゃー いつでも いけるからなー。
B:きにょーの うちに したくして おかなんだ こたー、たしかに まちげーだったなー。
A:もんく ゆっとらなんで はやく おきろよ。
中川村葛島(明治37年生まれ男性、1975年収録)
A:おい。とく おきょ。へー じき よか° あけるぞ。
B:んーん。なんだ、なんだ。まんだ くれーじゃ ねーか。でかけるまで にじかんも あるじゃー ねーか。
A:なにょ こいとるんだ[105]。へー いちじかんきりしか ねーぞ。おめーの とけーわ おくれとるに ちげーねー。
B:なんで そんねに いそぐんだ。よーべわ あんねに おそくまで おきとったんずら?
A:はやく せんと ひるまでにゃー まちにゃー つけんぞ。
B:ねむくて おきれんのな。もー ちょっと ねかしといて くりょやれ。
A:きにょーわ なんにも したくを しとらんずら?まんだ かばんいぇ つめたりなに いろいろな ことー せにゃー ならんじゃ ねーか。
B:そりゃ そーだ。
A:ひちじの ばす[106]い のらんと えれー こんに なるぞ。
B:しょーねーなー。そいじゃー おきることに せるか。
A:とー[107] しょー。おらー いつでも でかけれるぞ。
B:きにょーの うちに よーいしとかなんだなー たしかに まちげーだった。
A:もんく ゆっとらんで はやく おきょ。

祖母と孫の会話

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七夕の前日。おばあさん(A)と小学校の孫(B)の会話。あとで嫁(C)が加わる(出典:[5])。

共通語訳
B(孫):おばあちゃん、明日は七夕だよ。
A(祖母):ああ、そうだったね。それじゃ、明日は芋の露を取ったりしなければならないが、おまえ、早く起きられるかね。
B(孫):うん、起きられるよ。だけどどうして、わざわざ芋の露なんか使って来ただろう。水道の水だっていいじゃないの。
A(祖母):いいや、七夕様へはな、昔から芋の露で字を書いてあげるということに決まっているんだよ。
B(孫):ねえ、短冊買いに行って来てもいいでしょう。
A(祖母):ああ、行っておいで。
C(嫁):-次の間から-おばあちゃん、お茶が入ったから、飲みにいらっしゃい。
A(祖母):ああ、そうかい。それでは飲みに行こう。
辰野町小野(1975年収録)
B(孫):おばーちゃん、あしたー たなばたさまだじ。
A(祖母):おー、そーだったいなー。ほいじゃー、あしたー いもの つよー とったり しにゃー ならねーか°、おめー はやく おきえるかなー。
B(孫):んー、おきれるよ。だけーど なんだって やくやく いもの つゆなんか つかって きたずら。すいどーの みずだって いーじゃんかい。
A(祖母):いんにゃ、たなばたさめーわなー、むかしっから いもの つよで じを けーて しんぜるっちゅー ことに きまってるだよ。
B(孫):ねー、たんじゃく かえー いってきても いーずらい。
A(祖母):おー、いって こらっし。
C(嫁):おばーちゃん、おちゃか° へーったで のめー きましょや。
A(祖母):おー、そーかい。ほいじゃー のめー いかずい。
伊那市長谷溝口(1975年収録)
B(孫):おばーちゃん、あしたー たなばっさまだぞえ。
A(祖母):おー、そーだったなー。そいじゃー、あしたー いもの つよー とったり しねーけりゃー ならねーか°、おめー はやく おきいぇるかえ。
B(孫):んー、おきれるよ。だけーど なんだって わざわざ いもの つゆなんか つかって きたずら。すいどーの みずだって いーじゃんかい。
A(祖母):いんにゃ、たなばっさめーわな、むかしっから いもの つよで じを けーて しんぜるっちゅー ことに きまってらーやれ。
B(孫):なえ、たんじゃく かえー[108] いってきて いーらえ。
A(祖母):おー、いって こいよ。
C(嫁):おばーちゃん、おちゃー へーったで のめー おいでやれ。
A(祖母):おー、そーかえ。そいじゃー のめー いかずい。
伊那市富県(1975年収録)
B(孫):おばーちゃん、あしたー たなばただよ。
A(祖母):おー、そーだったなー。ほいじゃー、あしたー いもの つよー とったり しにゃー ならんか°、おめー はいく おきえーるかえ。
B(孫):んー、おきれるよ。そいだけーど なんだって わざわざ いもの つゆなんか[109] つかって きたんずら。すいどーの みずだって いーじゃん。
A(祖母):いんにゃ、たなばたさめーわな、むかしっから いもの つよで じを けーて しんぜるっちゅー ことに きまってるだぜ。
B(孫):ねー、たんざく かいー いってきても いーら。
A(祖母):あー、いっといで。
C(嫁):おばーちゃん、おちゃー へーったで のめー おいでやれ。
A(祖母):あー、そーかえ。ほいじゃー のめー いかず。
中川村葛島(1975年収録)
B(孫):おばーちゃん、あしたー たなばたさまだに。
A(祖母):んー、そーだったなー。そいじゃー、あしたー いもの つよー とったり せにゃー ならんけーど、おめー はやく おきれるかや。
B(孫):んー、おきれるに。だけーど なんだって わざわざ いもの つゆなに つかって きたんずら。すいどーの みずだって いーんじゃー ねーのかな。
A(祖母):いんにゃ、たなばたさめーわな、むかしっから いもの つよで じを けーて あげるっちゅー こんに きまっとるんな。
B(孫):なむ、たんざく かえー いってきても いーら。
A(祖母):んー、いっといな。
C(嫁):おばーま、おちゃー へーったで のめー おいなんしょ。
A(祖母):あー、そーけー。そいじゃー のめー いかずか。

[編集]

北原貞蔵『暮らしとことば』「孫」より一部抜粋(出典:[88])。

共通語訳
はあはあと息を弾ませながら、おばあさんは孫の後をついていく。そしてああつかれたつかれたといいながら孫の後を追った。
孫は下駄を履いていたが思うように走れないのかすっかり脱いでしまって裸足になってあちらこちらと走りまわった。
おばあさんはこらこら下駄をはきなさいよ。裸足なんかで歩くと蟻さんが来て痛いことをしますよといいながら、脱ぎ捨てていった下駄をひろいながら叱った。
しかし当のご本人様はそんなことには無頓着に足が軽くなったの叱れば叱るほど面白がってとびまわった。
今まで長い間雨降りが続いていたので、お家の中で遊んでばかりいたので、久しぶりの外のせいかよけいに喜んでいるようだ。
おばあさんはもうすっかり諦めてしまってしょうのない子だねといって後についていった。
いいわねおばあさんの言うことを聞きませんと今に転びますよといって注意した。
著者は駒ヶ根市中沢、2004年出版
はーはーいいながら後をついて来た おばーさんわ あーごしてーと独り言をいいながら孫の後をついていく。
孫わかっこ[110]をへーておったが そのうちにぬいじゃって裸足になってちょこちょこと道路をはしりまわった。
おばーさんわ こらかっこをはかんか はだしでとんだいくと[111]と めーめがきて ちっくん ちくんするぞといいながら ぬいじゃったかっこをひろいながらやしむ。
やしんでも当の本人わあんよが軽くなったもんでちっとばか やしんでもよけいおもしろがってやしむ程えせて[112]とびまわる。
いままで雨ばっかふっておったもんで おんもえでてあそべなんだもんでよけいはっちる[113]
おばーさんも もうあきらめちゃってしょーがねーがきだといいながらあとをついていく。
そしていいわい いまにゆうことをきかんちゅうとこけるぞよといいながらやしんだ。

傾斜畑

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北原貞蔵『暮らしとことば』「傾斜畑」より一部抜粋(出典:[88])。

共通語訳
ここの場所の野菜畑は少しばかりは平のところがあるが半分程も行くと坂になりだんだんと勾配がきつくなってくる。
それですので畝を作る場合には中程まではたいらでよいですがそれからが坂になっているので大変だ。
お父さんはいつも肥え土が下へいってしまうからといっては いつも下の端から畝を作っていく。
僕にはなかなかじょうずにはできない。
なにしろ下の方から後ろ向きになって坂を登るのですから倍も体を曲げなければ出来ませんので 少し作業しただけでもう腰が痛くなってくる。
それだけならまだ良いが鍬がどうしても深く入ってしまう。
さきほどから僕の姿をじっと見ていたお父さんがそんな格好では畝は作れないぞといった。
普通の畑よりかかがまなければ鍬をつかえない。
上の方から畝立てを始めればとても楽だと思うんだがそんなわけにもいかず傾斜畑は骨がおれて大変である。
それに次の畝との間隔も大きくなったり小さくなったりしてきたりしてきたのでお父さんがお前の畝は太いところや狭いところがあって丁度蛇が蛙を呑んだようだと言われた。
本当にそういわれればそんなような畝になってしまった。
上に盛り上げた土で出来上がった畝が埋まったりして浅くなったりする。やむなくもう一度手直ししながらどうやら全面積の半分くらいは出来上がってきた。
お母さんが下の方からお茶を持って登ってきた。
お父さんが明日はお父さんはほかのとこへ仕事に行かなければならないから精出して仕事を頼むよといった。そうして今度はその畝が出来上がったら休憩しようといった。
僕は今度は休憩出来るかと思って馬力をかけて畝をつくった。
やがてお母さんが休憩しませんかねといって下の石垣のところへ莚を敷いて呼んだ。
著者は駒ヶ根市中沢、2004年出版
ここんとこのさえんばたわひらっばただもんで ちーっとばかしなるいこーべだが半分くれーいくちゅーとだんだん坂がきつくなってくる。
そいだもんで いをかうときにゃとてもごしてー。
とーちゃわ いっかな肥え土が下えいっちゃいかんといっちゃ下のくろからはねーる。
そいだもんで俺もやるが中々うまくいかん。
なんしろ べーも体を曲げにゃならんもんで 腰がじきに痛くなる。
そいだけならまんだいいが鍬がどうしても深くへーっちゃう。こんねん骨ばっかしおるんじゃかなわん。
さいぜんから俺のしこーを見ておったとーちゃが そんな しこーじゃいをかえんぞといった。
なんしろ てーらの畑よりかこのがらにゃ 鍬をつかえん。
上のくろから畝立てをはねーりゃうんとらくだに ひらっぱたわこっぺーだもんで えれー。
次の畝と次の畝とのえーさがでかくなったりせべくばったりしたもんでとーちゃが おめーの畝わふてーとこや せめーとこがありゃがって へんびがげーろを呑んだよーだと言った。
ふんと(ー)にそーいわれりゃ ほんに へんびが げーろを呑んだよーな畝になっちゃった。
上え盛り上げた土で畝がいかっちゃったりしちゃってあせーとこなんかできたりする。そいだもんで そこんとこをもう一度しゃくりあげたりしてどーにか畑の半分くれーわできた。
下のほーからかーちゃがお茶をさげーてやってきた。
明日からおりゃ ほかんとこえ仕事にいかにゃ ならんもんで わりゃせーって やってくりょといいながら こんだーそのうねができたらいっぷくしめーかといった。
俺わこんだー休めるかと馬力をかけて鍬を動かした。
やがてかーちゃがいっぷくしめーかといって下のくろの石げーきのはたんとこえ莚をひいてよばった。

製材屋

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北原貞蔵『暮らしとことば』「製材屋」より一部抜粋(出典:[88])。

共通語訳
今日は前々からお願いをしておきました移動製材屋さんがお仕事に来てくださると言うので、お父さんは朝早くから軒下に積んであった莚やねこを納屋の方に運んだりして忙しいようだ。
近日中に大工さんが来られて調理場やトイレの改修をして下さるようにお願いしてありますので今日はその製材やさんが来られて挽いてくださるそうです。
そんなことでお父さんは、あちらこちらと片付けていた。今度は電柱柱よりも大きな丸太を鳶で動かしながら囲炉裏ばたから炭を持ってきてこれは柱だとかこれは板にと記号をはじめた。
やはりぶっつけ本番よりもしるしをしておいて製材やさんに見ていただいた方がよくはないかとお母さんと打ち合わせをしながら、この間大工さんに書いていただいた見積もりの表を見ながら記号をしていった。
一本一本ですので大変のようだ。
(中略)
お父さんがお前たちそんなことをしていないで早く食べなさいと言って叱った。
お母さんが弟のご飯をこぼしたのを見まして、まあこんなにご飯をこぼしてみんな拾って食べなさいよ、みんな拾って食べないとお目目が潰れますよと言って食べさせた。
朝ご飯が済んでしばらくしたらおじさん達が五人もお早うございますといってお家の中へ入ってきた。
製材やの方たちだ。
お母さんは挨拶をかわしながらお茶を差し上げた。
著者は駒ヶ根市中沢、2004年出版
今日移動製材屋さがくるちゅーもんで あさっぱら[114]からとーちゃわ軒下えしめーこんでおいた莚やねこを納屋の方え運びはねーた。
ちけーうちにでーくさがきて流し場とうえちょーずばをそそくって貰う ちゅーもんではーるか積んでおいたでっけー丸太を製材屋さが来て挽いてくれるっちゅーこんだ。
そいだもんで けさは片付けが終わったら こんだー でんきん柱よりかでっけー丸太を鳶であらしてわけーずみでこいつぁはしらだとかこいつわ板だとかしるしをしはねーた。
やっぱりてんずけよりか めーからけーておいたほうがいいずらとかーちゃとはなしながら こねーだでーくさにけーてむらった紙を見ちゃ印を付けちゃおる。
なかなかひとんずつだもんであだじゃねーなえ。
(中略)
とーちゃがこら喧嘩なんかしなんでわりゃたちゃ はよーまんまを食べんかと言って叱った。
かーちゃが弟がまんまをこぼしたもんでまーこんねんまんまをこぼしてひろって食べないって拾わせた。粗末にするとめーめが潰れるよと言った。
朝飯がすんだころおいさま[115]達が五人もお早うございますといってへーってきた。
製材やのおいさまたちだ。そいだもんでうちんなかがどいれーにぎやかになった。
かーちゃがありがとうございますといって挨拶してお茶を出した。

山の説明

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出典:[11]

共通語訳
A:あの山は、何と言う山ですか。
B:あの山はねえ、仙丈ケ岳ですよ。あの山は、この部屋からの眺めが一番いいですよ。
A:本当だね。来年は仙丈ケ岳に登りたいなあ、案内してくれないかなあ。
B:ああ いいですよ。けれどもなかなか 疲れるよ。だが若いから 大丈夫だよ。
お茶が入ったので、ここに座って眺めたらどうです。
A:ありがとうございます。いい急須だね、どこで購入したのですか。
B:なに、私が造ったのですよ。取っ手と注ぎ口はだいぶ苦労したよ。
A:そうですか。このお茶はおいしいね。
主に伊那市周辺の方言を用いた会話例、2003年出版
A:あの山わなんちゅー山ね。
B:あの山わなえ、仙丈ケ岳ね。あの山わ この部屋から 眺めが 一番いいんだに。
A:本当だなえ。来年は仙丈ケ岳に 登りてーなえ、案内してくれんずらか。
B:ああ いいぜ。だけんどなえ なかなか ごしてーぜ。だがわけーから あんじゃーねーよ。
お茶がへーったで ここに座って 眺めたら どうだえ。
A:ありがとーござんす。いいきびしょだなえ、どこで 仕入れたのえ。
B:なんに わしがこせーたのえ。取っ手と 注ぎ口わだいぶひずーこいたにー。
A:そーかね。このお茶わ うめー じゃんかね。

音韻

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母音の特徴

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参考文献:[5]

  • 馬瀬良雄は、「母音性優位方言」であると述べており、母音の無声化は非常に少なく、母音はしっかりと声帯を震わせて発音される。これは特に南部へ行くほど顕著である。中川村片桐方言を例にとれば、「ゆったりとしている」等の印象を持たれることが多いが、これは母音無声化が非常に少ないことに起因するものが大きいという[3]。ただし第2拍が広い母音の場合に無声化する場合がある。
  • 「ウ」は極度の平唇であり、東京方言より非円唇、平唇の程度はかなり著しい。しかし唇には若干の緊張があり、東京方言よりも後ろよりの発音である。
  • 東京方言では「ズ」「ツ」「ス」の具体音声に中舌化が認められるが、上伊那方言では中舌化は認められない。
  • 「エ」、「オ」の具体音声は東京方言のそれより若干広い。
  • 共通語の「エ」にあたるところには、狭い母音に続く場合[we](ただし語頭は[e])があらわれる。(例.上[ɯwe]、油煙[jɯwen])
  • 共通語の「オ」にあたるところに、場合によって「ウォ」があらわれる。
東部以外では、広い母音に続く場合[o](ただし助詞「を」はいかなる場合でも[wo])、狭い母音に続く場合[wo](ただし語頭は[o])と発音される(例.尾根[one]、強い[tsɯwoi]、竿[sao])。東部では、語頭以外は基本的にすべて[wo]があらわれる(竿、顔などもそれぞれ[sawo] [kawo]となる)。
  • 共通語の「…エオ」にあたるところに「…ウィョ」、「…エワ」にあたるところに「…ウィャ」があらわれることがある
  • 助詞「へ」は「イェ」と発音する地域が多く、「ウェ」や「ウィェ」と発音される場合もある。
  • 中・南部では共通語にはない「ĩ」という音素があり、ガ行5段活用動詞のイ音便にあたるところにあらわれる。(例.嗅いだ[kaĩda]。インフォーマントによれば、この[ĩ]は強いて書けば「キ」に濁点ではなく点一つを打ったような文字で書き表されるという。)
  • 連母音[ai]、[ae]は徹底的に融合され[ee]となる(例.ない→ねー、はい→へー)。また[ie]も融合し[ee]となる場合が多い(例.ひえ→へー)。[oi],[oe]→[ee](例.すごい→すげー、どこへ→どけー)、[au],[ou]→[oo](例.ちがう→ちごー、ひろう→ひろー)といった融合は北部では比較的盛んであるが、南部では融合せずそれぞれ[oi],[oe],[au],[ou]で対応するのが普通である。[ui]は「かゆい」などの例外を除いて一般に融合しない。
  • 共通語で「リ」で終わる副詞が規則的に「ラ」で対応する。例.はっきり[haQkira]

子音の特徴

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参考文献:[5]

  • 南部では、[h]の具体音声は後続母音が[o],[a],[e]である場合無声声門音、[u]である場合無声両唇摩擦音、[i],[j]である場合無声硬口摩擦音で発音される。なお、無声両唇摩擦音の摩擦的噪音はかなり強く、無声硬口摩擦音の具体音声は共通語に比べ摩擦的噪音がかなり弱い。
  • 破裂音[g]と鼻濁音[ŋ]とが区別される。
  • 規則的ではないが、[ŋ]音が脱落する場合がある。例.わがまま[waamama]
  • 北部では、共通語の[k]にあたるところに、語頭以外で時として半有声化がみられる。
  • 「キ」の子音が摩擦音[ɣ]に発音される傾向が顕著であり、このことにより母音の無声化がより一層現れにくくなっている。また[ɣ]は時として脱落する場合がある。例.出来た[deita][28]
  • 「ク」「コ」の子音が脱落する場合がある[28]
  • 南部では、「ス」「ソ」「サ」「セ」の[s]にあたるところは、舌端が上歯の裏から歯茎前部に近づいて発せられるような摩擦音が聞かれる。また共通語の[s]のような狭い息の通路は形成されず、音調面は横に広い。そのため音色は共通語との隔たりが大きいという。人によっては舌のへりを多少そり気味に上の歯茎に近づけて無声摩擦音を出す。
  • [c]を構成する拍では、共通語にない「ツォ」「ツァ」を持つ。
  • 特に南部では、[c],[z]の音声は共通語と比べ摩擦が弱く、[r],[d],[t],[z],[c],[s]が後続する場合とりわけ顕著である。
  • 南部では、[r]にあたるところは、ふるえ音の[r]が対応する場合が多い。ふるえの回数は、通常の速度の発話で2〜3回程度。
  • 「チ」「ツ」の前の「シ」音が「ヒ」音となる傾向がある。例.七[hici]
  • 「ソ」音が「ホ」音となる傾向がある。例.それでは[hoizjaa]
  • [a]に挟まれた[w]が脱落する傾向がある。例.瓦[kaara]
  • 規則的ではないが、共通語の[m]に[b]が対応する場合がある。例.寒い[sabui]

アクセント

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上伊那方言のアクセントは有アクセントの中輪東京式アクセントに属し、体系的には共通語とほとんど同じであるが、中には異なる点も認められる[5]

名詞

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一拍名詞

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一拍名詞では、類による対立は共通語と同じであるが、以下の語に若干の違いがみられる。

[5][13][116][117]
語彙 共通語 上伊那方言 備考
う() (が) 伊那市など(ほか未調査)[118]
(が) か() 伊那市など(ほか未調査)[118]
(が) せ() 伊那市など(ほか未調査)[118]
(に) ひ() 「日に三度」などという場合の「日」のみ。
(が) ひ()
も() (が) 東部
(が) や()
(が) よ()

なお、「帆」は元々共通語及び上伊那南部で平板型、北部で頭高型という対立を為していた[13]が、近年は共通語で頭高型が優勢となってきており[117]、若年層では全域で頭高型となる[5]

二拍名詞

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二拍名詞も類による対立は共通語と変わらない。なお、第2類の語(石・歌など)は北信地方下伊那南部で「い()」「う()」のように平板型で発音される傾向が強いが、上伊那方言では「い(が)」「う(が)」のような尾高型が多く、平板型の語は県内では非常に少ない。上伊那で平板型をとる語はほぼ全域で「人」、一部地域で「北・寺・梨」のみであり、このうち「北・人」は共通語でも平板型、「梨」は平板型と尾高型[5][13]。 二拍名詞に属する語で、共通語とアクセントが異なると言われる場合のある語には上記の第2類の語も含め以下の表に示すようなものがある。このように羅列すると非常に多いようにも見えるが、大半の語は共通語と同じである。

[5][116][13][117]
語彙 共通語 上伊那方言 備考
伊那市など(ほか未調査)[118]
あれ
中・南部
伊那市[118]
伊那市など(ほか未調査)[118]
若年層及び一部の老年層
若年層
[95]
北部
中・南部
東部の若年層[119]
くろ(農林業) [4]
箕輪町など(ほか未調査)[84]
これ
伊那市など(ほか未調査)[118]
四季
南部
[120]
東・北部の若年層
それ
伊那市など(ほか未調査)[118]
伊那市など(ほか未調査)[118]
伊那市など(ほか未調査)、尾高か平板かは不明[118]
梅雨 伊那市など(ほか未調査)[118]
中部に多く、若年層で増加
伊那市など(ほか未調査)、尾高か平板かは不明[118]
ネジ 伊那市など(ほか未調査)、尾高か平板かは不明[118]
伊那市など(ほか未調査)[118]
百舌
中・北部で「も
南部で「も
八重 伊那市など(ほか未調査)、尾高か平板かは不明[118]

なお、近年共通語で元々尾高型であった「熊」「匙」の頭高型が広まっている[117]が、上伊那でも一部地域で同様の変化が見られる[13]。また「汽車」「鹿」「父」は元々共通語で尾高型、上伊那で「しゃ」「し」「ち」という対立を為していた[79][5]が、近年は共通語でも上伊那方言と同様のアクセントが優勢となっている[117]

三拍名詞

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三拍名詞では、「アワビ・黄金(こがね)・小麦・サザエ・力・二十歳(はたち)・岬」など第3類に属する語は共通語では「わび」のような頭高型と「こがね」のような平板型が拮抗しているが、上伊那方言では「あび」のような中高型が若干優勢であるものの、頭高型、尾高型、平板型も見られ、一定の傾向を示さない[5]

また、「朝日・油・命・姿・涙・柱・火ばし・眼」など第5類に属する語は共通語では「さひ」のような頭高型が多いが、上伊那方言では「あひ」のように中高型とする傾向が強い[5]

類に属さない三拍名詞でも、共通語で頭高型のものに上伊那方言で中高型が対応するパターンが多く見られ、例として「青葉・落ち葉・きのこ・去年・トマト・花火・火鉢・めがね・若葉・わさび・わかめ」などがそれにあたる。上記の語のうち「去年・トマト・花火・めがね」などは「きょねん」のように平板型をとる地域もあるが、いずれにせよ共通語アクセントの頭高型は極めて少ない[5]

なお、第6・7類に属する語は、長野県方言では交通不便な山間部で頭高型の語が東京と比べて多く見られるが、上伊那方言では平板型が多く、共通語に近い。第7類に属する語では頭高型の語も少なからず見られるが、その多くは東京でも頭高型である。「烏・ミミズ・苺・後ろ・便り・椿」など、上伊那内でも頭高型と平板型が混在する語もみられる[5](共通語では「烏・便り・椿」が頭高型、「苺・ミミズ・後ろ」が平板型[117])。

三拍名詞で共通語とアクセントの異なる語は該当数が多いため、個別アクセントは取り上げない。

四拍名詞

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四拍名詞は、東京では尾高型の語は3拍目にアクセント核を置く中高型に移行している(例.としよ→としより)が、上伊那方言ではこの現象が認められず、依然として尾高型が多い[5]

疑問詞

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上伊那では頭高型をとるものが多く、下伊那と接する中川村飯島町南部では頭高型をとるものが非常に多い。ただし駒ヶ根市赤穂を中心とした小地域では、平板型が非常に多い[13]

疑問詞 中・北部 赤穂及び
その周辺
南端部
名詞 幾つ くつ くつ くつ
幾ら くら
どこ
どっち っち っち っち
どれ
なに
連体詞 どの
どんな んな んな
副詞 いつ
なぜ

動詞

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二拍動詞

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二拍動詞では、「着く」「吹く」「伏す」「付く」などは共通語では「つ」のように尾高型のアクセントを持つが、上伊那方言ではいずれも「く」のように頭高型のみになる。これは母音の無声化が起こらず、アクセントの山が移動しないためである。また、「切る」「食う」「降る」「来る」が付属語「て」「た」をともなう場合、共通語では「き」のように尾高型を持つが、上伊那方言では「って」のように頭高型のみである。そのほか、「織る」は共通語では「る」だが、上伊那方言では「お」、「行く」は共通語では「い」であるが伊那市高遠町三義で「く」[5]

三拍動詞

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三拍動詞では、第1拍、第2拍がCa’e-またはCa’i-の構造を持つ「帰る」「返す」「入る」「参る」などの語は共通語では「える」のように頭高型だが、上伊那方言では「かる」のように中高型に発音される場合が多い[5][116]。そのほか、個別的な共通語との差異としては、以下が見られる。

[116][5]
語彙 共通語 上伊那方言 備考
気取る どる
(かばんなどを)さげる げる
縋る がる
通る おる おる
個人差あり
失くす くす くす
誇る こる
守る もる

四拍動詞

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四拍動詞では、「集める」「数える」「調べる」など第2類Bに属する語を松本地方では「あめる」のように中1高型に発音するが、上伊那にはその傾向はない。類に属さない語では北部で「(物などに)つかまる」が中1高型「つまる」であり、松本平と同様のアクセントである[5]

複合動詞

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複合動詞は、起伏型+平板型、起伏型+起伏型ともに共通語では平板型となるが、上伊那方言では前節部の山が消えず、以下のようなアクセントとなる[5]

語彙 共通語 上伊那方言 備考
逃げ出す げだす げだす
はき出す きだす きだす
考え込む んがえこむ んがえこむ
思い巡らす もいめぐらす いめぐらす

自立語に付属語が続くときのアクセント

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自立語付属語が続く場合、上伊那方言では共通語よりも複合の度合いがさらに弱く、原則として自立語のアクセントの型を変えることはない。それは北部ほど顕著である。しかし特に南部では、共通語でアクセントの型を変えない付き方をするものが、型の対立を失わせる付き方をするパターンも見られる。共通語とアクセントの異なるもののうち、文献によって確認できるものを以下に示す[5][117]

名詞に付属語が続くときのアクセント
共通語 上伊那方言 備考
平板型+さ 水さ ずさ 中・南部
平板型+よ 水よ ずよ 中・南部
尾高型+ぐらい 山ぐらい まぐらい ぐらい 北部、共通語でも同様のつき方もあるという
尾高型+だけ 山だけ まだけ だけ 中・北部、共通語でも同様のつき方もあるという
尾高型+ばかり 山ばかり まばかり ばかり 北部、共通語でも同様のつき方もあるという
中高型[121]+の 日本の ほんの んの
頭高型+ぐらい 春ぐらい るぐらい るぐらい 共通語でも同様のつき方もあるという
頭高型+らしー 春らしい るらし るらしー 中・北部、共通語でも同様のつき方もあるという
動詞に付属語が続くときのアクセント
共通語 上伊那方言 備考
平板型+が 行くが くが 南部
平板型+ぐらい 行くぐらい くぐらい ぐらい 南部
平板型+けれど 行くけれど けれど くけれど
平板型+ぞ 行くぞ くぞ 南部
平板型+そーだ(伝聞) 行くそうだ くそーだ くそーだ
平板型+たがる 行きたがる きたが きたがる
平板型+だろー 行くだろう だろー
くだろ
くだろー 北・東部
平板型+と 行くと くと
平板型+な 行くな くな 南部
平板型+ので 行くので ので くの
平板型+のに 行くのに のに くの
平板型+まい 行くまい くま[13] くまい 北・東部
平板型+ます 行きます きま きます
平板型+よ 行くよ くよ 南部
頭高型+ぐらい 書くぐらい くぐらい くぐらい 南部
頭高型+どころか 書くどころか くどころか くどころか 南部
頭高型+ない 書かない ない かな
頭高型+なかった 書かなかった なかった かなかった 南部
頭高型+ばかり 書くばかり くばかり くばかり 南部
頭高型+ます 書きます きま きます
頭高型+らしー 書くらしい くらしー くらし
中高型+ぐらい 動くぐらい くぐらい ごくぐらい 南部
中高型+どころか 動くどころか くどころか ごくどころか 南部
中高型+ない 動かない ごかない ごかな
中高型+ばかり 動くばかり くばかり ごくばかり 南部
中高型+ます 動きます ごきま ごきます
中高型+らしー 動くらしい くらしー ごくらし
形容詞に付属語が続くときのアクセント
共通語 上伊那方言 備考
平板型+か 厚いか いか つい
ついか
中・北部で「あついか」
南部で「あついか
平板型+が 厚いが いが
つい
ついが 北・東部
平板型+けれど 厚いけれど いけれど
ついけれど
ついけれど
平板型+そーだ(伝聞) 厚いそうだ ついそーだ ついそーだ
平板型+た 厚かった かった つかった
平板型+だの 厚いだの いだの
ついだの
ついだ 中・北部
平板型+だろー 厚いだろう いだろー
ついだろー
ついだろ
ついだろー 北・東部
平板型+て 厚くて くて つく
平板型+ので 厚いので いので
ついので
ついの 中・北部
平板型+のに 厚いのに いのに
ついのに
ついの 中・北部
平板型+ば 厚ければ ければ つければ
平板型+よ 厚いよ いよ つい
ついよ
中・北部で「あついよ」
南部で「あついよ
平板型+より 厚いより いより
ついより
ついよ 中・北部
頭高型+ば 良ければ ければ れば 中・南部
頭高型+らしー 良いらしい いらしー いらし
中高型+ば 暑ければ つければ
ければ
つければ 中・南部
中高型+らしー 暑いらしい いらしー ついらし

イントネーション

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  • 体系的な面では、『上伊那郡誌 民俗編 下』の調査では北部のインフィーマントは下伊那地域の飯田方言について「話すスピードがゆっくりである」「ことばの抑揚が優しい」と言った印象を持っていたが、太田切川を超え駒ヶ根市赤穂へ行くと飯田の言葉に近くなるという意識を持っていた[5]
  • わからせたい気持ちを込める終助詞「…よ」は、首都圏方言ではやさしく教える場合や聞き手の反応を待つ場合などで上昇調、わからせたい気持ちを強く訴えかける場合下降調、断定的・一方的にわからせたい気持ちを込める場合無音調が多く選ばれる[122]が、上伊那地域で共通語の「…よ」に相当する方言終助詞の「…ニ」は常に上昇調に発音され、抑揚を非常に高く置く点が特徴的である[82][4]

方言の現状

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2015年から2016年にかけて、上下伊那地域に居住歴のある短大生(上伊那6人、下伊那1人)を対象に行われた調査によると、家族友人との会話では方言がよく使われており、また方言が好きで残したいと全員が回答した。語彙・語法別に見ると、推量の「ら」や否定の「ん」、理由・原因の「で」、愛嬌ある主張「に」、「ずく」「まえで」「いただきました」などが盛んに用いられている一方で、推量の「ずら」、「おやげない」「もごっちない」「みやましー」などは若年層では使われていなかった。また就職後の職場では使用を控えるという回答が多く、方言と共通語を場に応じて使い分けようという意識が広く持たれていた[100]

このうち「ずく」は、共通語に言い換えられない独特の意味合いを持ち、また信州の風土・信州人の生き方と合っているなどの理由から全県的に非常に人気の高い方言であり、好きな長野県方言に関する調査では毎回上位にランクインしている[123][78]が、2015年に駒ヶ根市の中学生約250人を対象とした調査では、「ずく」を使用すると回答した割合は3割程度にとどまり、意味はわかるが使用しない、もしくは意味を知らないと回答した割合が合計で約7割に達するという前述の調査と相反する調査結果が得られた[124]。これに対して大橋敦夫はショッキングであると評している[123]。しかし共通語と形式の異なるものでは「つまい」の使用率が低く、「ずく」の使用率がやや低かったものの、過去否定「なんだ」や愛嬌ある主張「に」、「…まるけ」「うつかる」などは意味がわかり、かつ使用すると回答した割合がそれぞれ6割前後となった。また共通語と形式が似ているものや、形式が同一であるが意味用法が異なるものなどは使用率の著しく低い語は見られず、方言であると認識されていないものほど使用率が高くなる傾向が認められた[124]

出典

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  1. ^ 『信濃 5巻2号』浅川清栄 『信州における方言の分布』
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  8. ^ a b c d e f g h i j k 畑美義(1952年)『上伊那方言集』
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  13. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z 『長野県史 方言編』
  14. ^ a b c d e f 日本文法地図
  15. ^ 飯田方言では…ナム(シ)、…ナーシのように使われてことが多い。また「…ですか」を意味する「…カナ」も「…カナムシ」からきているとされ、この類に属する
  16. ^ 「…ケ」は伊那市方言などでよく使われる「…カエ」の連母音融合した形であり、それほど根幹的な違いはないと思われるが、ただしここで多少注意しなければならないのは、北部の「ソーカエ」と南部の「ソーケ」がそれぞれの地域で同じ意味で用いられているとは限らないという点である。福沢武一は、南部の「ソーケ」は北部でいう「ソーカ」と同じ意味に当たるとし、「ソーカ」は直裁的だが、「ソーケ」は婉曲的な言い方であると評価したうえでその方言的性質の違いについて指摘した。「…ケ」の分布する概ね駒ヶ根市〜松川町あたりまでの使用意識を見ても、「松川町の方言」では方言の「…ケ」は標準語の「…か」に当たると訳しており、中川村片桐では、「…ケー」は一部の旧地主階級が小作人を見下しての会話の中によく聞かれたという。同村葛島でも祖母が孫に「…ケー」を使う場面はあるが、近所の知り合いとの会話で使用している場面は見られず、近所の知り合いレベルでは松川町、中川村とも「…カナ」が一般である。もう少し北上して駒ヶ根赤穂では、親しい友人同士との会話では「…ケ」がよく見られるなど使用範囲が少し広くなっているが、近所の知り合いレベルになると「…カネ」がよく使われ、また「…カナ」も使われるという。一方で、太田切、宮田村以北では近所の知り合いレベルでも「…カエ」を用いるのが一般的であり、赤穂と接する宮田村ではやや限定的なものとして「オルカナ」(居ますか)等も使われるとされるが、使用者は飯田方面から伝わった丁寧な形式だという意識が強いという。伊那市以北では基底方言としてはほとんど「…カエ」で押し通すようであり、「…カナ」は使わない。平成以降に出版された書籍における会話例では「…カネ」も日常会話で使われるようになってきているが、「…カエ」「…カイ」「…ケー」類vs「…カネ」「…カナ」類の対立を最も根幹的な違いとして見た場合、基底方言としては太田切川の北と南で使用意識にやや違いがある点を考慮しなければならない。なお、「…カネ」と「…カナ」の違いに関しては伊那方言的な「エ」を下接させる敬語表式と飯田方言的な「ナムシ」類の敬語表式に遡ることができ、その差は「…カエ」「…カイ」「…ケー」の違いよりも大きいが、駒ヶ根市辺では両者混在しておりはっきりとした境界線を引くことは難しい
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  18. ^ a b 向山雅重(1968年)『信濃民俗記 考古民俗叢書 1』
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  25. ^ 表から読み取り大体のグラフを作成したが、正確な使用語数は明らかにされていないことについて注意
  26. ^ 市川健夫(1998年)『信州学入門』
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  50. ^ 糸井寛一(1965年)【書評】日本の方言区画 日本方言研究会編)
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  66. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac 『日本言語地図』上伊那における調査地点は箕輪町、伊那市西春近、伊那市高遠町(2地点)、伊那市長谷の5地点。1地点のみの分布は省いた。[1]
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  69. ^ a b c d e f g h i j 畑美義・藪原繁里協力(1980年)『上伊那方言集(改訂版)』
  70. ^ ただし下伊那南部では再びしょっぱいが多いため下伊那中北部は無視して長野県の東境に境界線を想定する学者もいる。また、境界線付近では混用地帯も広く、関東にもからいはかなり入り込んできているため明確な一線を引くのは困難な項目である
  71. ^ a b c d e f 登内政文(1987年)『箕輪の方言』
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  101. ^ a b 古くは「よーびゃー」とも
  102. ^ 古老では「きんにょー」とも
  103. ^ 「しにゃー」とも
  104. ^ 「…ねー」とともに「…ん」も使われる
  105. ^ 老年の女性では「ゆっとるんな」となるという
  106. ^ 老年では「ぱす」になるという
  107. ^ 「疾く」のいわゆる音便形。会話初めの「とく おきょ」というコンテキストでは「とー」とはならないという
  108. ^ 老年層なら「かうぇー」
  109. ^ 老年層ならば「つよなに」
  110. ^ 「ひきげた」「ひくば」「ひくげた」とも
  111. ^ 「はっちる」とも
  112. ^ 「えせりゃがって」とも
  113. ^ 「はしゃぎまわる」とも
  114. ^ 「あさっぱち」とも
  115. ^ 「おいさん」とも
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  122. ^ 郡史郎『終助詞類のアクセントとイントネーション』
  123. ^ a b 大橋敦夫 『方言を教材にした総合学習の展開』
  124. ^ a b 『ことばと文化』編集委員会(2017年)『ことばと文化 第8号』清水はるな「駒ヶ根市の中学生250人の方言と方言意識」

参考文献

[編集]
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  • 金田一春彦『アクセント調査票 伊那町』
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  • 市川健夫(2007年)『信州学ダイジェスト-日本の屋根の風土学』
  • 『雑誌信濃教育 62』向山雅重(1948年)『談話室 方言小感-方言調査の必要性-』
  • 出野憲司(2016年)『残したい方言Ⅰ・Ⅱ 暮らしに息づく信州のことば』
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  • 市川健夫(1974年)『信濃の川旅 3・天竜川』
  • 向山雅重(1968年)『信濃民俗記 考古民俗叢書 1』
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  • 安部清哉 『方言区画論と方言境界線と方言圏の比較研究』
  • 郡史郎『終助詞類のアクセントとイントネーション』
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  • 足立惣蔵(1978年)『信州方言辞典』
  • 大橋敦夫 『方言を教材にした総合学習の展開』
  • 『ことばと文化』編集委員会(2017年)『ことばと文化 第8号』清水はるな「駒ヶ根市の中学生250人の方言と方言意識」
  • 平山輝男(1992年)『現代日本語方言大辞典 第1巻』
  • 福沢武一(1988年)『おいでなんし 東信のふるさと方言集』
  • 真田信治・友定賢治(2018年)『県別感覚表現辞典』
  • 長野県辰野高等学校文学クラブ(1978年)『辰野町およびその周辺地域方言地図 改訂版』
  • 風越亭半生(2023)飯田弁に見る飯田人の流儀
  • 日本文法地図
  • 松川町教育委員会(1986年)松川町の方言
  • 大鹿村誌刊行委員会(1984年)大鹿村誌 下巻
  • 東条操(1951年) 『全国方言辞典』
  • 馬瀬良雄(1992年)言語地理学的研究
  • 東条操監修(1964年)日本の方言区画
  • 東条操監修(1955年)『近畿方言双書第一冊 東条操先生古稀祝賀論文集 近畿方言学会編』
  • 柴田武ほか『日本の言語学6 方言』1978年
  • 平山輝男博士還暦記念会(1970年)『方言研究の問題点』
  • 奥村三雄(1987年)『方言国語史と地域的隣接性の問題 : 方言区分論・方言系譜論』
  • 井上史雄(1986年)『文法現象による計量的方言区画』
  • 東条操(1927年)『大日本方言地図』
  • 後藤一日(1968年)『遠州の方言』
  • 東条操(1954年)『日本方言学』
  • 東条操先生古稀記念会 編(1956年)『日本方言地図』
  • 糸井寛一(1965年)【書評】日本の方言区画 日本方言研究会編
  • 飯豊毅一ほか(1983年)『講座方言学 6一中部地方の方言一』
  • 東条操(1961年)『方言学講座 第2巻』
  • 平山輝男(1968年)『日本の方言』
  • 田原薫(2002年)言 語 学 に お け る X- c e n t r i c i s m の 問 題

- 日本語を観る日本人の感性が世界を救うー

  • 五條啓三(1985年)『日本言語地図』を利用した語彙による日本語の方言区画
  • 東条操(1961年)『方言学講座 第3巻』