全日本スピードスケート選手権大会
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全日本スピードスケート選手権大会は、日本スケート連盟が主催するスピードスケートの大会である。開催地は持ち回りで、通常毎年12月に2日間にわたって開催される[1]。1929年に第1回が開催された歴史のある大会である。
本大会は「オールラウンド選手権部門」「スプリント選手権部門」「シニア派遣選手部門」の3つに分かれており、オリンピック、世界選手権、ワールドカップ等国際大会の日本代表選考会も兼ねて行われる。
総合得点算出と順位決定方法
[編集]1人の選手が距離の異なる4種目を滑り、そのタイムをポイント化し、合計得点で総合優勝を争う。競技順に、男子では500m、5000m、1500m、10000m、女子では500m、3000m、1500m、5000mの4種目を行う。得点は、500mがタイムそのまま、それ以外の種目ではゴールタイムを500m換算のうえ(たとえば5000mならばタイム÷10を)加算していく。4種目の合計得点が少ないほど上位となる。
最終種目への出場について
[編集]規程により、最終種目(男子10000m、女子5000m)に出場できるのはそれぞれ12名である。その際の選抜方法は、以下の通り。
- 3種目終了時点で、総合得点順位リストとそれまでの最長距離種目(男子5000m、女子3000m)での順位リストを比較。
- どちらのリストでも12位以内に入っている選手は無条件で選抜される。
- 12人に満たない場合、どちらのリストに限らず順位が若い順に選抜していく。同順位では、総合得点順位リストを優先。
歴代開催地および男女総合優勝者
[編集]第5回大会までは男子のみの開催。また第6回・第7回大会の女子は2種目のみの実施であった。第87回以降はオールラウンド部門のみ。
回 | 年度 | 開催リンク | 男子総合優勝 | 得点 | 女子総合優勝 | 得点 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
第1回 | 1929 | 八戸 | 木谷徳雄 | 222.002 | - | ||
第2回 | 1930 | 諏訪湖 | 大沢義一 | 220.230 | - | ||
第3回 | 1931 | 蓼の海 | 《暖気のため中止》 | - | |||
第4回 | 1932 | 日光細尾 | 李聖徳 | 214.038 | - | ||
第5回 | 1933 | 鴨緑江 | 金正淵 | 215.620 | - | ||
第6回 | 1934 | 日光細尾 | 金正淵 | 204.648 | 滝三七子 | 113.593 | |
第7回 | 1935 | 日光細尾 | 安達和男 | 210.558 | 江島八重子 | 112.060 | |
第8回 | 1936 | 諏訪湖 | 雀龍振 | 211.140 | 江島八重子 | 239.776 | |
第9回 | 1937 | 札幌 | 雀龍振 | 209.422 | 江島八重子 | 236.200 | |
第10回 | 1938 | 蓼の海 | 泉山貞義 | 211.073 | 中川キヨ | 234.786 | |
第11回 | 1939 | 八戸 | 朴潤哲 | 211.145 | 汾陽泰子 | 238.183 | |
第12回 | 1940 | 苫小牧 | 片倉昌男 | 215.109 | 坂本キヨ | 174.050 | |
第13回 | 1941 | 八戸 | 《中止》 | ||||
第14回 | 1942 | 榛名湖 | 広川孝昌 | 209.465 | 縄手満喜子 | 170.567 | |
1943~1945年度は開催されず | |||||||
第15回 | 1946 | 八戸 | 《総合順位なし》 | ||||
第16回 | 1947 | 盛岡高松池 | 菅原和彦 | 219.752 | 佐藤千栄子 | 192.490 | |
第17回 | 1948 | 蓼の海 | 《暖気のため中止》 | ||||
第18回 | 1949 | 苫小牧 | 佐藤恒夫 | 211.397 | 佐藤千栄子 | 242.587 | |
第19回 | 1950 | 日光細尾 | 青木正則 | 218.448 | 長野富子 | 239.930 | |
第20回 | 1951 | 日光細尾 | 矢口久広 | 211.818 | 渡辺公子 | 240.290 | |
第21回 | 1952 | 須川湖 | 五味芳保 | 205.878 | 渡辺公子 | 235.877 | |
第22回 | 1953 | 蓼科湖 | 尾崎繁樹 | 202.828 | 佐々木邦子 | 236.947 | |
第23回 | 1954 | 日光細尾 | 五味芳保 | 204.822 | 高見沢初枝 | 243.123 | |
第24回 | 1955 | 蓼の海 | 加藤惣衛門 | 200.700 | 高見沢初枝 | 212.067 | |
第25回 | 1956 | 阿寒湖 | 加藤惣衛門 | 262.800 | 高見沢初枝 | 216.950 | |
第26回 | 1957 | 蓼の海 | 《総合順位なし》 | 浜文恵 | 238.483 | ||
第27回 | 1958 | 美鈴湖 | 《総合順位なし》 | ||||
第28回 | 1959 | 蓼の海 | 松本充雄 | 192.568 | 潤間十世子 | 213.616 | |
第29回 | 1960 | 網走湖 | 江刺忠 | 201.300 | 鷹野靖子 | 221.113 | |
第30回 | 1961 | 軽井沢 | 石幡忠雄 | 189.175 | 鷹野靖子 | 206.367 | |
第31回 | 1962 | 軽井沢 | 新保鋭 | 193.422 | 長久保初枝 | 210.400 | |
第32回 | 1963 | 軽井沢 | 江刺忠 | 190.358 | 有賀秋子 | 207.317 | |
第33回 | 1964 | 軽井沢 | 石幡忠雄 | 188.838 | 斎藤幸子 | 200.650 | |
第34回 | 1965 | 軽井沢 | 富原俊雄 | 188.755 | 鷹野靖子 | 201.460 | |
第35回 | 1966 | 軽井沢 | 伊藤清美 | 188.810 | 鷹野靖子 | 208.884 | |
第36回 | 1967 | 軽井沢 | 石幡忠雄 | 181.962 | 有賀秋子 | 200.416 | |
第37回 | 1968 | 瑞浪 | 石幡忠雄 | 185.682 | 斎藤幸子 | 201.733 | |
第38回 | 1969 | 苫小牧 | 大塚博文 | 190.235 | 斎藤幸子 | 203.338 | |
第39回 | 1970 | 真駒内 | 根本茂行 | 190.240 | 小池里美 | 197.134 | |
第40回 | 1971 | 浅間 | 伊藤清美 | 178.388 | 斎藤幸子 | 184.583 | |
第41回 | 1972 | 伊香保 | 根本茂行 | 180.382 | 菅原真理子 | 194.167 | |
第42回 | 1973 | 盛岡 | 根本茂行 | 180.382 | 村上由紀子 | 200.667 | |
第43回 | 1974 | 八戸 | 内藤修 | 182.630 | 邨中正子 | 198.833 | |
第44回 | 1975 | 伊香保 | 伊藤清美 | 182.113 | 中道悦子 | 191.267 | |
第45回 | 1976 | 盛岡 | 山本雅彦 | 178.215 | 中道悦子 | 195.600 | |
第46回 | 1977 | 軽井沢 | 中村範一 | 174.061 | 長屋真紀子 | 189.017 | |
第47回 | 1978 | 八戸 | 戸田博司 | 175.889 | 加藤美善 | 187.530 | |
第48回 | 1979 | 富士急 | 清水康弘 | 175.173 | 八重樫裕子 | 181.907 | |
第49回 | 1980 | 八ヶ岳 | 宮坂雅昭 | 173.312 | 石井和恵 | 191.981 | |
第50回 | 1981 | 盛岡 | 竹下正範 | 173.964 | 橋本聖子 | 182.963 | |
第51回 | 1982 | 盛岡 | 竹下正範 | 173.541 | 橋本聖子 | 187.372 | |
第52回 | 1983 | 八戸 | 篠原雅人 | 172.926 | 橋本聖子 | 188.207 | |
第53回 | 1984 | 浅間 | 今村俊明 | 170.260 | 橋本聖子 | 180.510 | |
第54回 | 1985 | 富士急 | 黒岩宗久 | 171.450 | 橋本聖子 | 178.116 | |
第55回 | 1986 | 帯広 | 青柳徹 | 168.472 | 橋本聖子 | 185.597 | |
第56回 | 1987 | 浅間 | 青柳徹 | 165.667 | 橋本聖子 | 177.709 | |
第57回 | 1988 | 伊香保 | 青柳徹 | 167.103 | 橋本聖子 | 178.635 | |
第58回 | 1989 | 八戸 | 青柳徹 | 169.940 | 橋本聖子 | 182.259 | |
第59回 | 1990 | 釧路 | 青柳徹 | 170.458 | 橋本聖子 | 183.455 | |
第60回 | 1991 | 茅野 | 青柳徹 | 166.228 | 上原三枝 | 181.572 | |
第61回 | 1992 | 盛岡 | 糸川敏彦 | 167.481 | 橋本聖子 | 180.895 | |
第62回 | 1993 | 伊香保 | 小竹直喜 | 164.793 | 橋本聖子 | 176.527 | |
第63回 | 1994 | 釧路 | 白幡圭史 | 168.753 | 上原三枝 | 180.895 | |
第64回 | 1995 | 苫小牧 | 白幡圭史 | 165.240 | 上原三枝 | 178.721 | |
第65回 | 1996 | 長野 | 白幡圭史 | 159.517 | 上原三枝 | 173.473 | |
第66回 | 1997 | 長野 | 白幡圭史 | 155.966 | 上原三枝 | 170.191 | |
第67回 | 1998 | 八戸 | 野明弘幸 | 161.906 | 田畑真紀 | 175.442 | |
第68回 | 1999 | 釧路 | 白幡圭史 | 161.874 | 田畑真紀 | 174.120 | |
第69回 | 2000 | 伊香保 | 白幡圭史 | 158.158 | 田畑真紀 | 169.125 | |
第70回 | 2001年12月15日-16日 | 長野 | 白幡圭史 | 155.236 | 田畑真紀 | 166.471 | [2] |
第71回 | 2002年12月14日-15日 | 八戸 | 野崎貴裕 | 161.719 | 田畑真紀 | 172.554 | [3] |
第72回 | 2003年12月13日-14日 | 苫小牧 | 宮崎今佐人 | 163.976 | 田畑真紀 | 174.016 | [4] |
第73回 | 2004年12月17日-19日 | 帯広 | 牛山貴広 | 163.317 | 石野枝里子 | 174.060 | [5] |
第74回 | 2005年12月20日-22日 | 長野 | 牛山貴広 | 156.473 | 田畑真紀 | 165.444 | [6] |
第75回 | 2006年12月16日-17日 | 釧路 | 平子裕基 | 164.145 | 田畑真紀 | 180.605 | [7] |
第76回 | 2007年12月16日-18日 | 盛岡 | 平子裕基 | 159.589 | 石野枝里子 | 172.777 | [8] |
第77回 | 2008年12月17日-18日 | 伊香保 | 平子裕基 | 158.938 | 石野枝里子 | 171.276 | [9] |
第78回 | 2010年2月20日-21日 | 帯広 | 中村奨太 | 160.100 | 菊池彩花 | 170.824 | [10] |
第79回 | 2010年12月18日-19日 | 釧路 | 中村奨太 | 163.404 | 穂積雅子 | 175.181 | [11] |
第80回 | 2011年12月17日-18日 | 八戸 | 平子裕基 | 162.742 | 石澤志穂 | 175.429 | [12] |
第81回 | 2012年12月15日-16日 | 長野 | 三輪準也 | 155.493 | 穂積雅子 | 165.421 | [13] |
- | 2013年12月27日-29日 | 長野 | ソチオリンピック代表選考会のため欠番扱い | [14] | |||
第82回 | 2014年12月20日-21日 | 帯広 | ウィリアムソン師円 | 153.163 | 髙木菜那 | 164.410 | [15] |
第83回 | 2015年12月22日-23日 | 長野 | ウィリアムソン師円 | 153.576 | 菊池彩花 | 163.890 | [16] |
第84回 | 2016年12月20日-21日 | 帯広 | ウィリアムソン師円 | 153.379 | 髙木美帆 | 162.431 | [17] |
第85回 | 2018年2月3日-4日 | 八戸 | 土屋 陸 | 168.907 | 歸山 麻衣 | 182.886 | [18] |
第86回 | 2018年12月25日-26日 | 帯広 | 土屋良輔 | 153.155 | 髙木菜那 | 165.721 | [19] |
第87回 | 2019年12月26日-27日 | 長野 | 一戸誠太郎 | 151.590 | 菊池純礼 | 168.443 | |
第88回 | 2020年12月28日-30日 | 帯広 | 距離別で開催 | ||||
- | 2021年12月29日-31日 | 長野 | 北京オリンピック代表選考会のため欠番扱い | ||||
第89回 | 2022年02月26日-27日 | 八戸 | 山田和哉 | 153.417 | 百瀬愛美 | 172.071 | [20] |
第90回 | 2022年12月28日-30日 | 八戸 | 距離別で開催 | [21] | |||
第91回 | 2023年12月27日 - 29日 | 帯広 | 小川拓朗 | 155.138 | 畠山雪菜 | 173.751 |
脚注
[編集]- ^ ただし第78回は2010年2月に開催。
- ^ “第70回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第71回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ 第72回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)[リンク切れ]
- ^ “第73回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第74回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2005年12月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第75回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第76回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2008年10月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第77回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2009年1月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第78回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第79回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第80回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2015年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第81回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “ソチオリンピックスピードスケート日本代表選手選考競技会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2017年12月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第82回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2016年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第83回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2016年5月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第84回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2017年1月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第85回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2018年4月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月21日閲覧。
- ^ “第86回全日本スピードスケート選手権大会(全日本スケート連盟リザルトページ)”. 2018年12月26日閲覧。
- ^ “第89回全日本スピードスケート選手権大会”. SEIKO SPORTSLINK. 2023年1月3日閲覧。
- ^ “第90回全日本スピードスケート選手権大会”. SEIKO SPORTSLINK. 2023年1月3日閲覧。